第123話 北条討伐戦の始まり
天文14年9月中旬(1545年)
古河公方足利晴氏は、関東管領上杉憲政と扇谷上杉家上杉朝定の要請を受け北条討伐を決意。
足利晴氏の命を受けた多くの関東諸将は、その命に従い北条討伐に動き出していた。
そして、古河公方足利晴氏は北条討伐のために間も無く出陣しようしていた。
「晴氏様、どうか、どうか此度の戦をおやめいただけませぬか」
足利晴氏の側室である芳春院殿は、晴氏に必死に懇願していた。
芳春院殿は北条家第二代目当主の北条氏綱の娘であった。
「此度は北条家に味方するわけにはいかぬ。北条家は少々やり過ぎである。関東の秩序がこれ以上乱れることは古河公方として看過できん」
「そこをどうか、どうかお願いいたします」
「芳春院殿。側室である其方であっても、その願いだけは聞くわけにはいかぬ。これは古河公方として、足利一門として関東を預かる者の役目である」
古河公方足利晴氏は、側室芳春院殿の懇願を振り切り家臣達の待つ広間にやってきた。
「公方様、出陣の準備は全て整っております」
「皆、大儀である。此度はこの関東の秩序を取り戻すための戦いである。まず、北条が奪い取った河越城を北条の手から扇谷上杉家に戻す」
そこに進み出る男がいた。関東管領山内上杉家当主である上杉憲政であった。
「公方様のお言葉、大変嬉しく思います。鎌倉の名門である鎌倉北条家の名を語る不届き者を討ち、古河公方足利晴氏様が鎌倉に居を置き、鎌倉公方としてこの関東を統べていただくことで、必ずやこの関東に秩序を取り戻すことができましょう」
北条家の勢いに脅威を覚えた関東管領上杉憲政、扇谷上杉家上杉朝定の両者は長年に渡る反目を止め、古河公方を神輿として担ぎ出して北条を討つことで協力することにした。
北条から側室を迎えていて北条の影響力が強い古河公方足利晴氏を味方につけるため、北条を倒したら鎌倉に足利晴氏を与え、鎌倉公方とすることを三者の盟約とすることで、古河公方足利晴氏を味方につけることに成功していた。
北条家が力を付け勢いがあると言っても、この関東ではまだまだ古河公方と関東管領の名は大きな力を持っている。
古河公方・関東管領両者が手を組み関東諸将に呼びかけると、多くの諸将は古河公方・関東管領に従うものが多かった。
軍勢に加わらぬ者たちは中立の立場をとり、北条に味方するものはいなかった。
「此度は、越後上杉家からも援軍が来ることになっております。まさに古河公方足利晴氏様の御威光の賜物でございます」
「越後上杉家からもか・・・それは素晴らしき事だ。昔の世に別れた上杉家が再び力を合わせる時が来るとは、まるで夢のような出来事よ」
越後上杉家からも参陣すると聞いて、古河公方としての自らの威光に自信を深めていた。
「公方様、ぜひ鎌倉公方としてこの関東に秩序を取り戻していただきますようにお願いいたします」
「任せておくがいい。余が鎌倉公方となりこの関東に秩序をもたらし、安寧なる世をもたらそう」
古河公方足利晴氏は自信を漲らせて力強く宣言していた。
相模国小田原城
北条氏康は古河公方の動きを知り、関東管領に協力をしないように丁重に申し入れていたがことごとく拒否されていた。
「古河公方殿を今まで支えてきたのは我らだぞ。我らが支えたからこそ国府台の戦いに勝ち、古河公方としての地位を守れたにもかかわらず、関東管領の讒言に惑わされるとは・・・」
「氏康殿、公方のことは放っておけ、自前の力が弱いから強そうに見える方に流れる。その程度だ」
「叔父上、敵の狙いは河越城。だが、我らは動けん。どうしたら・・・」
いつもは強気の氏康が叔父玄庵に弱音を漏らす。
古河公方・関東管領の軍勢は、8万を大きく越えると噂が流れていた。
さらに、甲斐国との国境に越後上杉勢3千が陣を構えこちらを牽制していた。
まだ、相模領内には入ってはいないが、時と場合によっては戦も考えなくてはならない状況であった。
「戦わずして負けるわけにはいかんだろう。ならば、河越城に運び込めるだけの兵糧を運び込み、長期戦を覚悟することだ」
「長期戦ですか」
「そうだ。そして、とことん敵を油断させる。敵が陣中で酒盛りを平気でやるほどに油断して、我らを舐め切った態度を見せた時に、乾坤一擲の一戦にて一気に叩く。できたら扇谷上杉家上杉朝定か関東管領上杉憲政のどちらかの首を獲る。そうなれば我の勝ちだ」
「古河公方足利晴氏はどうするのです」
「まだ、利用価値はある。取り巻きが力を失えば我らの言うことを聞くしか無いだろう」
「なるほど・・・確かに、戦わずして負けるわけにはいかぬ」
「我らの命運は自らの手で切り開くものだ。我が父(北条早雲)も自らの手で運命を切り開いてきたのだ。我らの手で古き権威を打ち壊し、関東の地に北条家という新しき権威を打ち立てるのだ」
「叔父上、ならばこの氏康、一世一代の猿芝居を演じて我らに勝利を呼び寄せて見せましょう」
氏康の言葉に満足そうに頷く北条幻庵であった。
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