第122話 景虎初陣へ

天文14年8月下旬(1545年)

越後府中春日山城

山内上杉家使者として剣豪上泉信綱殿が春日山城を訪れていた。

「晴景様お久しぶりでございます」

「信綱殿久しぶりである。此度はどのような用件で」

「我が主人、関東管領上杉憲政様よりの書状をご覧ください」

上泉信綱は書状を直江実綱に渡す。

上杉晴景は直江実綱から書状を受け取ると読み始める。

読み終わるとその書状を弟である上杉景虎に渡す。

「信綱殿。扇谷上杉家が北条家に奪われた武蔵国を取り返すために軍勢を動かすそうだが、勝算はあるということか」

「勝算はございます。今まで反目しあってきた扇谷上杉家、関東管領山内上杉家はようやく北条家の脅威に目が覚め、協力してことにあたることになりました。さらに古河公方足利晴氏様も我らにお力を貸してくださることになりました。その他関東の多くの諸将も参陣され総勢8万の軍勢となります」

「総勢8万。よくそれ程集めることが出来ましたな」

「関東の名門である古河公方足利晴氏様、扇谷上杉家上杉朝定様、我が主人関東管領山内上杉家上杉憲政様。このお三方の協力があるからこそこれだけの軍勢を集めることが出来ました。この戦いにぜひ越後上杉家の参陣をお願いいたします」

確かこの戦いは河越城の戦いだ。河越城を守る北条勢が必死の防戦で半年以上持ち堪え、最終的には圧倒的な兵力差をひっくり返して北条の勝利となる戦いだな。

どのみち負ける戦い。無理に加わる必要は無い戦いだ。

さて、どうするか。信綱殿が来てくれたのだから無碍には出来ない。

「兄上」

「景虎、どうした」

「ぜひ、この戦いにこの景虎をお使いください」

「だが・・・」

「この景虎はまだ初陣を果たしておりませぬ。ぜひお願いいたします」

景虎が頭を下げる。

「晴景様、この上泉信綱からもぜひ御舎弟の景虎様をお願いいたします。8万もの軍勢がおります。危険の少ない戦。初陣であっても問題無いかと思います」

8万もの軍勢がいるから安全じゃ無いんだよな。その8万もの軍勢が総崩れとなり関東における北条の覇権が決まることになる戦いだ。

「兄上、お願いします」

「・・・分かった。ただし、戦に赴く時にいくつか注意を与える。それを守ることが条件である。それを守れないようなら戦の途中であっても家臣に命じて引き返させる。それでも良いか」

「大丈夫です。必ず言いつけを守ります」

「ならば、此度の戦において初陣を果たすことを許そう」

「ありがとうございます」

「信綱殿。お聞きの通り我が弟である上杉景虎を大将として8千の軍勢を出そう。そのように関東管領上杉憲政殿にお伝えください」

「我が主人上杉憲政様もお喜びになりましょう。このことを急ぎ伝えますのでこれにて失礼いたします」

上泉信綱は急ぎ上野国に戻っていった。



上泉信綱が引き上げた後、広間には上杉晴景と上杉景虎の二人だけがいた。

「兄上、先ほどは上泉信綱殿がおりましたから詳しくは聞きませんでしたが、注意すべきこととはなんでしょう」

「この場には我ら以外いないから話そう。北条の軍勢は、河越城に3千程度。援軍はせいぜい8千であろう」

「関東管領様の軍勢は、北条家の8倍を超えます。河越城の兵力だけとの比較であれば、10倍を超える圧倒的名兵力です」

「確かに兵力の差は圧倒的だ。だが、兵数だけで戦が決まるわけでは無い」

「兄上は、これほどの兵力を揃えた関東管領様が負けると言うのですか」

景虎は、兄晴景の言葉に驚いていた。

「往々にして、圧倒的な力の差があると驕りと油断を呼び寄せる。確かに兵数が圧倒的な相手にまともにぶつかれば負ける。普通ならすぐさま降参することになる」

「北条は降参しないと言うのですか」

「北条はあらゆる手を使い徹底的に戦を引き伸ばすだろう。大軍がまともに戦わず長期戦となり、相手が弱いと舐め始めた時が危険である」

「流石にそこまで長引くとは・・・」

「景虎、よく聞け。戦の時は、相手の大将が何を考えているのかを冷静に考えることが大切だ。自分が敵の大将であり、どんなに不利な状況でもそこから戦況をひっくり返す手はないか考えてみることが必要だ」

「北条はそれほどに手強いと」

「手強いぞ。おそらく死んだふり、負けたふりをして油断を誘ってくるぞ」

「そのことは関東管領様には」

「言うな。言ったところで笑われるだけだ。8万をもの軍勢に酔いしれているであろうから聞く耳を持つまい。景虎、お前は関東管領様や関東諸将の軍勢とは少し離れたところに陣を置け。そして、関東管領様達の軍勢が長期戦に飽きてきて軍規が乱れてきたら危険だと思え。北条勢が異常なほど低姿勢で出てきたら危険だと思え」

景虎は、兄である上杉晴景の言葉を聞き考えを改めることにした。わずか十数年で越後・佐渡・信濃・越中・甲斐・出羽庄内・飛騨北部を治めることになった兄の言葉に重みを感じていた。

他のほとんどの大名は、先祖代々の領地を守っているだけである。

だが、兄である晴景は幾多の戦いをくぐり抜け、領地を富ませ。領地を富ませることにより多くの人々を救い、そことにより領地を拡大してきた。

「わかりました。兄上の言葉をしっかりと胸に刻み初陣に臨みます」

「おそらく、河越城をめぐる争いとなる。囲みを突破して河越城に北条の伝令が入ったら気をつけよ。良いな」

「承知いたしました」

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