第121話 虎千代改め景虎となる
天文14年1月下旬(1545年)
越後府中春日山城
重臣達の見守る中、虎千代の誕生日に合わせて元服の儀が行われていた。
烏帽子親は越後国主であり実の兄である上杉晴景。
虎千代は子供の髪型を改め大人達と同じ髪型に結い直している。
緊張した面持ちの虎千代。
ゆっくりと上杉晴景が虎千代に近づいていく。
上杉晴景は烏帽子を手にすると虎千代に被せて紐を結ぶ。
烏帽子の紐を結び終えると上杉晴景は自らの席へと戻る。
「虎千代」
「はい」
「今日よりお主は虎千代改め景虎と名乗れ」
「景虎。承知いたしました。ありがとうございます。この長尾景虎、越後国主上杉晴景様にお仕えいたします」
上杉晴景は笑顔を浮かべている。実の父であり我が父でもある長尾為景も終始笑顔であった。
「さらにもうひとつだ」
「もうひとつとは」
「長尾景虎を我が養子とし、上杉景虎とする」
「兄上、流石にそれは・・・」
「以前にも言ったであろう。儂の後を継ぐのはお前しかいないと。後継をしっかり決めておかねば争いの元となる。これは越後上杉家を預かり、越後・佐渡・信濃・越中・甲斐の国主であり、出羽庄内・飛騨北部を預かる上杉晴景としての決定である」
「皆が納得いたしません」
「この中に異論のあるものはいるか、異論があれば自由に言って構わん」
上杉晴景の問い掛けに異論を挟むものはいなかった。
「親父殿はどうだ」
実の父である長尾為景の表情は柔和な表情となり、すっかり好々爺のようになっている。
戦いに明け暮れた下剋上の申し子のような雰囲気は完全に無くなっている。
「問題なかろう。あとはお主がしっかりと教え込めばいいだろう」
「誰も異論が無いようだ」
「で・・ですが・・・」
上杉晴景は、景虎に頭を下げる。
「景虎。儂を助けると思い養子となって儂に力を貸してくれ」
「兄上、頭を上げてください。国主が家臣に頭を下げてはなりません」
「頼む」
困った顔をしている景虎。
「ならば、いくつか条件がございます」
「条件とは」
「この景虎は本来ならば仏門に入り一生を仏に捧げる人生を送るはずでございました。ですがこのように武将となっております。兄上の後を継ぐならば、この身を毘沙門天に捧げ生涯妻を娶らず子を残さぬ人生とすることをお許しください」
「景虎。お主の後はどうする」
「兄上と同じように血縁者から選びましょう」
軍神毘沙門天を信仰していることは知っていたが、本来の歴史の流れと変わっているからそのようなことは言わないと考えていた。だからここまで言い出すとは思わなかった。
歴史が変わっているから謙信の実子を見ることができると考えていたが無理なようだ。
歴史の流れは変わっていても、それぞれの人の本質は変わらないと言うことか。
「どうしてもか」
「はい」
思わず大きくため息をつく。
「分かった。その条件は承知した。他は・・・」
「すぐに隠居はしないでください」
「・・・・・」
「今の上杉領はとても広大です。越後・佐渡・信濃・越中・甲斐・出羽庄内・飛騨北部ととても広大なのです。出羽国安東家・駿河国今川家との関係もあります。兄上はすぐにでも隠居したいのでしょうが、それをしたら全てが動かなくなります。領内が揉め始めます。まだまだ乱世なのです。己が欲望のままに戦を繰り返すもの達が多くいるのです。兄上が隠居したら、この上杉領を切り取ろうと画策するもの達が出てきましょう。この上杉領内では、兄上のお陰で既に乱世は終わっていますが、それが再び乱世に戻ってしまいます。兄上の名前の持つ力は、兄上が考えている以上に大きいのです」
景虎は真っ直ぐに晴景を見つめる。
「分かった。やれやれ、まだしばらくは楽隠居出来ぬか」
「ここ数年は兄上の側にいて学んでいましたが、この景虎はまだまだでございます。もっと多くのことを教えてください」
「その件も承知した。隠居はまだ先だ。景虎が十分に経験を積むまでは隠居はしない。それは約束する」
まだ当分の間の現役続行が決まってしまった。
すぐにでも全てを丸投げにして隠居したかったが無理のようだ。
景虎が事実上の後継と決まったから良しとするか。
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