第119話 信濃川分水路

天文13年4月中旬(1544年)

越後上杉家では、ここ数年大きな戦が無いため領内整備が急ピッチで進んでいた。

そのため、信濃川分水路の現場により多くの人手を入れる事ができたため、予定より数年早く完成した。

上杉晴景は完成した分水路を見ていた。

信濃川本流から枝分かれした川が日本海へ向かい流れて行く。

大永7年(1527年)から開始して17年の歳月が流れていた。

「長かった」

「兄上、おめでとうございます」

「虎千代。これで信濃川の洪水は大きく減るだろう」

「この眺めは壮観ですね」

混凝土で固められた川を信濃川から流れ込んでくる水が流れていく。

大量に流れ過ぎないように分水路側の川底の高さや信濃川との境が調整されて作られており、

分水路の土手には、数多くの桜の木が植えられていて桜が満開となっている。

風に舞う桜の花びらが分水路の水面に落ち、川の流れに乗って海へと流れて行く。

「次は、信濃川下流域での工事だ」

「信濃川下流でも工事をするのですか」

驚きの声を上げる虎千代。

「下流は川筋がかなり蛇行している。川筋の整備と湿地を田畑に変える工事を行う」

「川筋の整備と湿地を田畑にですか」

「下流域に分水路を一つ作る。それと福島潟と呼ばれる湿地の水を流して、福島潟の半分を田畑に変える」

「福島潟全てではないのですか」

「大雨の遊水池でもあり、日照りの時のためのため池としても役割もあるため、全てを田畑にするわけにはいかんだろう」

「なるほど」

「これで、この越後の地がますます豊かになる」

「いよいよ、この越後地が日本一の穀倉地帯となるのですね」

「そうだな、そのためには水田の整備も必要だな。それと川に橋をかける」

「そういえば、この分水路に橋を2つかけてありましたね」

分水路に混凝土で作られたかなり大きな橋脚を持つ橋が2つかけられてあった。

水の流されないようにするために、橋に比べて不釣り合いなほど大きな橋脚であった。

「橋があれば人の往来や、物の動きが活発になり大きな利益となる。これからの時代に必要なものだ」

「確かに橋があれば便利で商売も活発になります」

「物の動きが活発になる事が大きな商いとなり、大きな利益をもたらすことに繋がる」

「この越後上杉領が平和であるから領内の開発ができるのです。兄上の治世の賜物です。戦乱の続く他国ではここまでの領内開発はできません。橋を作っても戦乱のためすぐに壊されます。発展のために必要であっても、戦乱から身を守るために橋を掛けないところがほとんどです」

「人の欲が多くの人を殺すのだ。公家や武士・坊主・庶民に至るまで他者を思いやる心が必要なのだ」

「思いやる心ですか」

「だが、我らは武士だ。必要となれば腰にある刀を抜いて、他者を思いやる心を封印して人を斬らねばならん。罪深いものだ」

「武士としの業でしょうか」

「我ら武士は、他者を思いやる心を持ちながら、一度ひとたび戦場に立てば敵が親兄弟であろうと切らねばならん。立ち塞がるものが神や仏であっても切り捨て前に進まねばならん。虎千代の言うように武士の業であろうな」

「兄上なら天下泰平の世に出来るのではありませんか」

「儂は儂の目の届く範囲でしかできん。この日本の国は広い。せいぜい、儂を頼ってきた者達を助けることぐらいだ」

一瞬、突風が吹いて桜の花が多く空に舞う。川面を見ている二人の前を多くの桜の花びらが舞いながら水面に落ちていく。

「儂の出来ることはひとつひとつ着実にやって行くだけだ」

「頼ってきたものは全て救って行くのですね」

「見捨てて後悔するなら、頼ってきたものはできる限り助ける。ただし、謀略をもって我らを利用して他者を踏みつけるような輩は一罰百戒の戒めをもって臨むまでだ」

虎千代は嬉しそうな表情をする。

「流石は兄上です。ならばこの越後上杉の領内をますます豊かにして皆が我らを手本とし、皆が我らを頼るようにしていきましょう」

「それはそれで大変かもしれんぞ」

「ここまで、領地開発をして、周辺国をどんどん越後上杉領に変えてしまっているのです。今更でしょう」

「確かにそうだな」

「この虎千代も天下泰平のためにお使いください」

「そうか、期待しているぞ」

春の日差しと桜の舞う中を信濃川の流れはゆったりと途切れることなく流れいく。

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