第118話 蝮からの手紙
天文12年11月上旬(1543年)
越後府中春日山城
上杉晴景は,美濃国斎藤利政からの書状に目を通していた。
「兄上,書状はどこからですか」
虎千代は,兄晴景の読む書状に興味を持った。
「美濃の蝮からの書状だ」
「蝮・・・?」
「美濃守護代である斎藤利政殿のことだ」
「なぜ,蝮なのですか」
「斎藤利政殿は元々一介の油売りだった」
「油売りなのに守護代ですか」
「そうだ。守護代家の家臣に仕えた後,その家を乗っ取り,次に美濃国主に取り入り守護代を謀略にかけ亡き者して、自ら守護代家を継ぐ。そして、次に美濃国主を追放して美濃国の実権を握ったのだ」
「それゆえに蝮ですか」
「そうだ。多くの謀略を使い。多くの敵対相手を葬ってきたため、人は恐れをこめて蝮と呼ぶのだ」
「その美濃の蝮が何と言ってきたのですか」
「飛騨国で飛騨国司であった姉小路家が滅ぼされたのは聞いたであろう」
「はい」
「姉小路家を滅ぼしたのは三木直頼。斎藤利政殿が支援していると言われている人物だ。斎藤利政殿が言うには、姉小路家を滅ぼしたことに自分達は関与していない。止めたにもかかわらず三木直頼が勝手にやった。斎藤利政殿としては、越後上杉家が支援している江馬家に戦を仕掛けるつもりは無いそうだ」
「ですが、美濃の蝮殿はなぜわざわざそんな事を」
「おそらく時間稼ぎであろう」
「時間稼ぎですか」
「美濃の蝮殿は尾張国とも揉めている。尾張国に美濃国主土岐頼芸親子が逃げ込んでいる。美濃国の北と南で同時に戦を抱えたく無いだろう。優先順位は、美濃国内の安定。次に尾張国との安定。飛騨はその次だ。優先順位の高い尾張との関係を改善させるまでの時間稼ぎだ」
「尾張との関係改善を先に考えているのはわかりました。土岐頼芸親子が尾張に匿われているため簡単には行かないかと思います」
「婚姻関係を結んで縁戚関係となることを狙っているだろう」
「婚姻関係ですか」
「尾張国の実力者である織田信秀と血縁関係となれば土岐頼芸親子がどう喚こうが関係無い。尾張国との関係が安定すれば、土岐頼芸親子はどうにでもなる。飛騨の問題も対応しやすくなる」
「ならばわざわざ当家に書状を出す意味が無いのでは」
「万が一のためであろう」
「万が一・・・?」
「三木直頼が勝手に江馬家を攻めたら、当然当家が出ることになる。その時に、三木直頼の道連れとなり、当家に美濃国まで攻め込まれないようにしたうえで、飛騨の一部でも手に入れようと考えているかもしれん」
「なかなか強かですね」
「それぐらいでないと、一介の油売りから一国を手に入れることはできんだろう。今我らに打てる手は無い。三木直頼の動きに注意を払う程度だ」
尾張国北部
織田信秀は、美濃勢が現れたとの報告が入ると弟信康と共に5千の軍勢を率いて尾張国北部に向かった。
織田の軍勢が近づくと尾張国北部を荒らした美濃勢は国境近くまで後退していた。
「どういうことだ。美濃勢が戦わずに引くとは、何か企んでいるのか」
「兄上、油断は禁物かと」
「わかっている。美濃の蝮が相手だ。油断できん」
織田信秀は陣中で今後の動きを考えていた。
そこに家臣が駆け込んでくる。
「美濃守護代斎藤利政殿より書状が届いております」
織田信秀は美濃国の斎藤利政からの書状を開き読み始める。
「兄上、美濃の蝮は何と言ってきたのですか」
「信康。美濃の蝮は、我らと和睦を望んでおり、その証として蝮の娘と吉法師の婚姻を結ぼうとの事だ」
「何かの罠では」
「そうとは限らん。婚姻を結ぶ蝮の娘は帰蝶殿だ」
「美濃の蝮殿が最も可愛がっていると噂の帰蝶殿ですか」
「そうだ」
「帰蝶殿と吉法師殿との婚姻とは、美濃の蝮殿も思い切った手を打ちますな」
「だが、案外悪く無いかもしれん。実際の輿入れは先であっても美濃国との関係は安定する。尾張国と美濃国との国境は落ち着くことになる。そうなれば尾張国内の敵対勢力を始末して内部を固めて、力を蓄えて再び三河攻めることや伊勢に向かうことも可能となる」
「ですが、美濃の蝮殿は信用できるのか」
「蝮からしたら、我らと縁戚関係となれば我らが美濃国に攻め込む理由が無くなり、我らの庇護下にある土岐頼芸親子の力を削ぐことになる。場合によっては、何らかの理由をつけて土岐頼芸を始末することが可能となってくる。蝮にとっても我らとの関係を良くすることは利益になると計算しているだろう」
「ならばこの申し出はいかがいたします」
「どんな毒があるか分からんが、受けるしかあるまい。美濃の蝮の毒か・・・良いだろう。猛毒なのか良薬となるのか。何を企んでいるか知らんが、蝮の毒と策略も全て飲み込んで我がものにしてくれよう。最後に笑うのは美濃の蝮では無く儂だ。この織田信秀こそが最後に笑うのだ。信康。帰蝶殿と吉法師との婚姻を受けると使者を出せ」
「承知しました」
織田陣中は慌ただしく和睦への準備に入った。
美濃国稲葉山城に戻った斎藤利政(斎藤道三)は、自分の描いた通りに事が運んでいることに満足していた。
「利政様」
「不破殿かどうした」
「三木直頼殿はいまだに姉小路家を名乗ることが認められないようです」
「上手くいっているようだな」
「朝廷も幕府も姉小路家の継承は認めない姿勢を崩しておりません」
「あれだけ悪い噂が流れていれば難しいだろう」
「無抵抗の姉小路高綱を殺したとか、武器を持たない村々を村人もろとも焼き払ったとか、色々悪い噂が流れているようで」
「誰が流したやら、口の悪い奴らがいるものだ」
「口さがない京雀達にも困ったもので、一人の公家が新しい噂を話せば、瞬く間に朝廷や幕府に広がりますからな。人の口には戸が立てられませぬ。困ったもので」
「三木直頼も大変だが、仕方あるまい。儂の止めるのも聞かずに姉小路を討ったのは奴だ」
「姉小路家の名跡を継ぐために朝廷と幕府にかなり銭をまいているようですが、さらに銭を積むようですな」
「奴にはそれしか手が無いからな」
「この先はどういたします」
「飛騨の件はしばらく放っておけ、どう転んでも儂らに損は無い。ただし、しっかりと監視は必要だ」
「承知いたしました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます