第117話  蝮の謀略

美濃国稲葉山城。

斎藤利政(斎藤道三)は,稲葉山城天守からの眺めが気に入っていた。

金華山山頂に築かれた稲葉山城からの眺めに勝るものは無いと思っていた。

「フフフ・・・儂も一国の主か。ただの油売りにすぎなかった儂が遂に美濃国を手に入れた」

天守から稲葉山城下を眺めながら美濃国を手に入れた喜びに浸っていた。

利用できるものはなんでも利用してのし上がってきた。時には裏切り,騙し,謀略を用いて、また時には毒殺も用いて一国の主にのし上がれた。

「利政様」

背後から家臣の不破光治の声がした。

「どうした」

「飛騨国の三木直頼殿が飛騨国司姉小路高綱殿を強襲したとのこと」

不破光治の報告に斎藤利政の顔色が変わる。

「何・・・姉小路はどうなった」

「姉小路高綱殿は,城に入ることもできず討たれたとのことです。さらに,三木直頼殿は姉小路家の継承を宣言。姉小路直頼と名乗り朝廷と幕府に姉小路家の継承を認めるように願い出るとのことです」

斎藤利政は思わず天を仰ぎ、こぶしを握る。

「あれほど動くなと言ってあるにもかかわらず姉小路を攻めるとは」

「申し訳ございません。もう少し動きを見張っておれば・・・」

「不味いな。三木が正式に姉小路の名跡を継げば,江馬家を攻め飛騨統一を目指すだろう。そうなると確実に越後上杉が出てくる。いま,越後上杉が飛騨に出て来られると,儂らは飛騨に手を出す余裕がない」

「確かに,尾張国に逃げた美濃国主土岐頼芸親子,越前に逃げた前美濃国主の嫡男土岐頼純。我らが飛騨に兵を出せば,確実に背後を突いてきますな」

「北と南,2つも同時に戦いを抱えるわけにはいかん」

「如何いたします」

「ならば,姉小路家の継承を邪魔するか」

「姉小路家の継承をですか」

「姉小路高綱は,飛騨国司を奪い取ったといえども同じ姉小路家の一族ため継承が認められた。しかし,三木直頼は違う。姉小路高綱から生前に譲られたわけでも,養子に入っていたわけでも無い。簡単には認められないだろう」

「ですが,朝廷内や幕府内にかなりの銭をばら撒くのではありませぬか」

「確かに銭はばら撒くだろう。しかし,朝廷も幕府も銭は欲しいがそれ以上に何よりも体面や体裁をかなり気にする。風聞が悪ければ認めん。そこを突いて朝廷と幕府に三木直頼の悪い噂でも流せば数年は無理であろう」

「なるほど」

「その状態で認めてもらうには,気が遠くなるほどの銭をばら撒くことになる。銭を多く集めるため年貢を高くすれば領民が騒ぐ。下手をすれば一揆だ。もしそうなれば姉小路家の縁戚でも担いで我らが乗り込み三木を討てば,大義名分も立って飛騨は我らの物となる。三木が姉小路家の継承を認められる前に江馬に戦を仕掛けたら,飛騨は諦めて三木を見捨てて越後上杉と手を組めばいい。儂らは越後上杉とは戦っていないからな」

「なるほど。三木の姉小路継承を邪魔すれば、我らは数年の刻を稼げると」

「その間に尾張国の織田信秀だ」

「尾張国に攻め込み織田信秀を討ちますか」

「違う。尾張を攻めるが織田信秀を討つわけでは無い」

「織田信秀では無いとすると土岐頼芸でしょうか」

「それも違う。織田信秀に儂らの価値を知らしめるのだ」

「価値を知らしめるとは・・・」

「織田信秀は昨年の松平・今川との戦で三河の地で敗北した。その挙句倅まで生捕りにされた。尾張内部は表向き織田信秀に従ってはいるが,実際は隙あらば取って代わろうとする奴らばかりだ。そんな状態で三河での敗北は大きな痛手だ。織田信秀を追い落として取って代わろうとする奴らは,ここぞとばかりに足を引っ張ろうとするだろう。そこで,儂らが尾張北部を荒らして引き上げ,儂らの存在を見せつける。そして,儂の娘を織田の嫡男に嫁がせる話を出せば必ず乗ってくる。いや,乗るしか無いだろう」

「我らの価値を高めるために尾張との戦と言うわけですな」

「そうだ。だから軽く一当てして引き上げればいい。そうすれば嫌でも儂らを意識することになる。意識すればするほど織田信秀の中で儂らの価値は高まっていく。それと,越後上杉家に書状を出しておくか」

「越後上杉家に書状でございますか」

「そうだ。儂らは越後上杉家と戦うつもりは無く円満に関係を結んでいきたい。飛騨の三木直頼が姉小路を攻めたのは我らの意志にあらず,もしも三木直頼が江馬を攻めたら越後上杉家で三木直頼を成敗されても文句は無いと言っておくか。上手くいけば越後上杉家の後ろ盾という大きな魚を釣れるかもしれん。ならば,飛騨という小魚をくれてやってもいいだろう」

「なるほど,どう転んでも我らに損は無いということですな」

「そうだ。敵であろうと味方であろうと利用できるものは、全て利用せねばならんぞ」

斎藤利政は不敵な笑みを浮かべていた。

「うまくいったら土岐頼芸には永遠に隠居してもらうとするか」

「承知いたしました」

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