第116話 飛騨騒乱の始まり

天文12年7月末(1543年)

飛騨南部を支配する三木直頼は,自らの力で飛騨国を統一する機会が近づきつつあると感じていた。

美濃国の支配者は,土岐頼芸殿から斎藤利政殿に変わった。

美濃国主である土岐頼芸殿と守護代である斎藤利政殿が戦い土岐頼芸殿が敗れた。

土岐頼芸殿はどうにか尾張国に逃げ出すことができ,尾張国守の織田信秀殿(織田信長の父)に助けられたようだ。

新たな美濃国支配者の斎藤利政殿は,今まで通り支援を約束してくれている。

「父上,我らはどう動きます」

一人前の若武者となった嫡男の三木良頼が尋ねてきた。

「越後守護代家の嫡男に過ぎない男は越後上杉家を手に入れ,十数年で5カ国と半国を瞬く間に飲み込んだ。そして,油売りにすぎなかった男が美濃一国を手に入れた」

「越後の上杉晴景殿と美濃の斎藤利政殿ですね」

三木直頼は頷く。

「時代が大きく変わり始めている。この世は乱世であり下剋上の世だ。乱世は弱肉強食の世だ。昨日までの友が今朝になれば敵に変わる。力こそ全てだ。力があれば何処までも領地を広げていける。ならば,この三木直頼もまずはこの飛騨一国を手に入れてやろう。上杉晴景や斎藤利政が出来たのだ。この三木直頼もできるはずだ」

「父上,いよいよ国取りですか」

口元に笑みを浮かべる直頼。

上杉晴景の勢力拡大と斎藤利政が美濃一国を手に入れたことが三木直頼の野望を刺激した。

そして,江馬家が越後上杉家との関係強化が,三木直頼の背中を押して本来の歴史より早い姉小路家乗っ取りが動き出した。

「飛騨守護である京極家の力は既に無く,京極家は無いも同然である。だが飛騨国司である姉小路家の力は,衰えているとはいえ侮れないものがある。この飛騨の地では,姉小路の名が持つ力は大きい。江馬家が越後上杉家を頼るのならのんびりしている事はできない。越後上杉家は美濃国を越える大国。のんびりしていたら江馬家がますます力を持ってしまう」

「美濃の蝮殿はしばらく静かにしているようにと言われましたが」

「我らは,美濃の蝮殿の支援は受けているが家臣では無い。対等な関係だ。美濃の蝮殿の指示に全て従う必要は無い」

「ならば,まず先に姉小路家を滅ぼし,姉小路の名跡を奪い取ってはいかがですか。あとは銭を献金して朝廷と幕府に認めさせればいいでしょう。今のところ飛騨国司姉小路高綱と江馬時経はこちらを疑っておりません」

「そうだな,ならば先に狙うなら姉小路高綱だ。良頼」

「ハッ!」

「直ちに手勢を集めよ。姉小路を攻めるぞ。そして姉小路の名を手に入れるぞ」

「承知しました。急ぎ手勢を集めます」



飛騨北部黒内山山頂に築かれた小鷹利城。その麓にある館に飛騨国司である姉小路高綱はいた。

姉小路家は,朝廷の最高機関に加わる参議の一人だったこともある。

父と兄を相次いで亡くしたため弟である高綱が反対派を退け強引に姉小路家を継いでいた。

姉小路高綱は父のように朝廷の参議になれることを夢に見ながら,館で日課である和歌を作っていた。そこに,家臣が慌てて走り込んできた。

「大変でございます」

家臣の言葉に和歌を書く筆を止めた。

「どうした。何をそんなに慌てている」

「この館に向かって三木家の軍勢が攻め寄せてきてきております」

「三木だと・・間違いでは無いのか」

姉小路高綱はのんびりとした声で答える。

「三木家の軍勢に間違いございません。当家の者が止めようとしたところ切り殺されました。このままでは危険です。すぐに城にお入りください」

姉小路高綱の顔色が変わる。家臣の言葉に驚き急いで館の裏にある小鷹利城へ向かおうとした。

しかし,館の外からは多くの鬨の声が上がっている。

「もう三木勢が来たのか,早すぎるぞ・・・」

狼狽える姉小路高綱。

「お急ぎください」

家臣の声に我に帰る姉小路高綱。急いで城に向かおうとしたところ三木家の軍勢が雪崩れ込んできた。

「いたぞ,姉小路高綱だ。討ち取れ」

次々に討ち取られる姉小路家の家臣達。

「おのれ,この下賤の者達の分際で」

「ハハハハ・・・下賤。儂らを下賤の者と呼ぶか。いいだろう、下賤で結構。儂らを下賤と呼ぶ時点で,貴様に飛騨の武士達を束ねる資格は無い。姉小路の名は,儂らが貰い受けてしっかりと有効に使わせてもらうぞ」

「三木直頼!貴様,このようなことがまかり通ると思っているのか」

「貴様とて姉小路の名跡を奪い取ったではないか,貴様が他から奪ったものを今度は儂らが正しく使ってやろうと言うのだ。飛騨国を正しく治めるためにな。姉小路の名は残るのだ。ありがたく思え」

姉小路高綱に一斉に槍が襲い掛かり,姉小路高綱にはいくつもの槍が突き刺さり,血を流しながらゆっくりと倒れた。

「お・・おの・・れ・」

「今日,只今から儂が飛騨国司だ。そして三木直頼改め姉小路直頼である。高綱,安心して冥土に旅立つがいい。儂が飛騨を統一して治めて見せよう。クククク・・ハハハハ・・・・」

姉小路直頼と名を変えた男の笑い声がいつまでも響き渡っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る