第115話 飛騨に忍びよる蝮
天文12年4月上旬(1543年)
飛騨国北部(現在の岐阜県北部)を支配する江馬時経は、越中国富山城を訪れていた。
江馬時経は富山城の大きさに驚いていた。平城でありながら高くそびえる天守。二重に張り巡らせた堀。屈強そうな赤備の甲冑を着た男たち。
二重の堀の水面に城と満開の桜が映り幻想的な美しを見せていた。
同行してきた息子の時盛は驚きの声を上げている。
「父上、噂に聞いておりましたが噂以上ですね」
「ああ・・・ここまでとは、正直儂も驚いている」
「平城でありながらここまで広く、そして高くそびえる天守。他にはありませんよ」
飛騨北部は越中との結びつきが強い。
越中が栄えれば栄えるほどに商売の結びつきが強くなる。
上杉家の銭である‘’天下泰平‘’銭も飛騨北部で流通し始めていた。
飢饉のときには、多くの支援を受けることができた。
越後上杉家の支援がなければ多くの者が餓死したであろう。
我らは、越後上杉家からの支援の窓口としての働きにより、飛騨での影響力を高めることができた。
飛騨南部を支配する三木家は、美濃国の蝮殿の支援を受けている。今のところ三木家とは友好的であるが将来の衝突は避けられまいと考えていた。
富山城の広間に通されると長尾景康様が座っておられた。片足が悪いらしい。
「江馬時経と申します」
「江馬殿,ようこそおいでくだされた」
「いつも上杉家にはお力添えいただきありがとうごうざいます」
「そうか。そう言ってもらえると嬉しく思うし,我が兄晴景も喜んでくれるだろう」
「上杉晴景様でございますか」
「いくら儂が越中を任されているからと言っても上杉家の当主は兄晴景である。他国に関することであるため兄上の許可を得る必要があったため、兄上にお願いしたら快く了承してくれたため支援ができたのだ」
「なんと、ならば晴景様にもお礼を申し上げねば・・・」
「実は、兄上はここ富山城に来ておられる」
景康が兄晴景を呼ぼうとした時、広間に晴景が入ってきた。
「兄上、今お呼びしようとしたところです」
「ちょうどよかったな」
上杉晴景は、弟景康の隣に座る。
「上杉晴景である。江馬殿ようこそおいでになられた」
江馬時経は、目の前に上杉晴景が現れたことに驚いていた。
大大名の当主である上杉晴景様に、いち国衆に過ぎない自分が会えるとは思っていなかった。
「多大なるご支援をいただきありがとうございます」
「我が弟景康が治める越中の大切な隣人。助けになって嬉しく思う。これからも共に手を携えて参ろう」
「ありがとうごうざいます」
「飛騨国は今のところ戦乱もなく落ち着いているようでよかった」
「いえ、必ずしもそうではございません」
「戦乱の兆しがあるのか」
「飛騨南部で大きな影響力を持つ三木家は、美濃国の土岐家を追い出し美濃の実権を握った斎藤利政殿(後の斎藤道三)の支援を受けております。三木家当主である三木直頼は、密かに飛騨統一を狙っていると見ております」
「美濃国の蝮殿か出てくるか・・・ならばそう遠くないうちに動いてくるかもしれんな」
「その時には、お力添えいただきたくお願いいたします」
その言葉聞いた景康が口を開く。
「江馬殿、江馬家は我ら越後上杉家に従うと言うことで良いのか」
江馬時経は越中繁栄を目の当たりにしていた。
越中は越後上杉家に組み込まれることにより、より一層繁栄をして、飢饉を餓死者を出さずに乗り切た。
飢饉で餓死者が出ない。他国ではあり得ないことだ。
その繁栄を一部でも受けられれば越後上杉家に組み込まれることもありだと考えていた。
何よりも越後上杉家に組み入れられた越中国衆達が皆笑顔であった。
「よろしくお願いします」
江馬時経は自然と景康の言葉を受け入れ、頭を下げていた。
江馬時経と越後上杉家との関係強化が飛騨国の歴史を大きく変えていくことになる。
美濃国
美濃守護代である斎藤利政は江馬時経を見張らせていた間者からの報告に目を通していた。
斎藤利政は、間も無く50歳になろうかという年齢にも関わらず、何事にも貪欲であり、目付きは鋭く、力強さを感じさせる。
「江馬は越後上杉につくか・・・面倒なことになるな」
「ならば、越後上杉家が動く前にケリをつけることがよろしいかと」
不破光治の意見に頷く斎藤利政。
この頃の斎藤利政は、美濃国主であった
斎藤利政は、以前は長井家を乗っ取り長井新九郎規秀と名乗っていたが、前守護代斎藤利良が死ぬと土岐頼芸の後押しを受け守護代斎藤家を継いで斎藤利政と名乗っていた。
微妙なバランスで保たれていた美濃国内で、頼芸の弟である頼満が毒殺される事件が起きていた。頼芸は斎藤利政の仕業と見ていたため、良好であった両者の中は険悪となっていった。
天文11年に斎藤利政は軍勢を差し向け,土岐頼芸の大桑城を攻めた。土岐頼芸は落城寸前で逃げ出し織田信秀を頼って尾張国に逃げ出し,現在は織田信秀の庇護下にあった。
「だが、その前に目障りな土岐頼芸とその息子の頼次をどうにするしか無いだろう。うっかりすると、織田の旗印代わりにされ後ろから織田勢に襲われかねん。それまでは三木殿には静かにしてもらうように言い含めておくことが必要だな」
「確かに、奴らは利政様に難癖ばかりつけ困った奴らですな。利政様のお陰で美濃守護でいられたというのに・・・」
「早々にでも片付けるとするか」
「尾張国を攻めますか」
「まず、美濃国衆にしっかりと根回しをして土岐頼芸に味方するものが出ないようにすることだ。その上で天下に美濃の真の実力者が誰か教えてやろう。その後、三木直頼の後押しをして飛騨を手に入れるとするか」
「承知いたしました」
二人は不敵な笑いを浮かべていた。
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