第114話 呪われた土地(弐)
天文11年10月(1542年)
竹田信繁は,秋の収穫が終わった甲府周辺の村々をめぐり名主達と話をしていた。
「信繁様,我らが長年苦しめられてきた病は,これで収まるのですか」
名主の中でも古株でもある庄左衛門が恐る恐る聞いてくる。
かなりの歳であろう,多くの皺が刻み込まれた顔には不安が現れていた。
「晴景様は,巻貝であると言われていた」
「水田や田の小川などにいる巻貝でございますね」
「種類を特定することは難しいため,全ての巻貝を根絶する必要がある」
「全ての巻貝を根絶させるのですか」
「そのために,まずは川や田に入る時は足袋や手袋をつけさせよ。素肌を川や水田の水にさらすと病に感染する可能性が高まるそうだ」
「承知いたしました」
「川上の水田から順次水田をやめ,畑による陸稲,芋,麦,蕎麦などを中心とした作物に切り替えていく」
「水田をやめるのですか・・・」
庄左衛門は驚きの声をあげる。
「水田でも多くの巻貝は繁殖している。巻き貝の繁殖を止めねばならん。さらに小川・用水などは混凝土と呼ばれる石のようなもので全て覆い尽くす事になる。いきなり全ての水田を無くすわけでは無い。流石に一度にはできん。順番にやっていく事になる。新しい作物などは育て方は教えていただけるそうだ」
「水田を無くすのですか・・・命には代えられません。それで,この奇病が収まり将来皆が救われるのでしたら,それも仕方ないことでしょう。このままでは,村を維持していくことも難しくなるのでは無いかと思っておりました。この病に恐れをなした者達は村を捨てるものもおります。この病の無い村からはこの地にやってくることを嫌がるものもおります。嫁に来る者も少なく将来を案じておりました」
「時間はかかるが確実に変わっていくはずだ。それと,定期的に田や川にいる巻貝を集めて,完全に燃やすことを実行していくことも必要だ」
「完全に燃やすのですか」
「そうだ,油を使い完全に燃やし尽くす。その時には,我らも手を貸す。年貢に関しても見直していくことになる。皆の暮らし向きを悪くさせるようなことはしないから安心してくれ」
「承知いたしました。信繁様,どうか我らを苦しめてきた病から皆を救ってくだい。お願い致します。この呪われた日々から我らをお救いください」
庄左衛門は深々と頭を下げていた。
多くの人々が川や刈り入れの終わった田畑周辺で,多くの村人達が巻貝を探して集めていた。
皆,足袋を履き,手袋をしている。直接巻貝を触らないためだ。
麻袋や大きなザルなどに集めた巻貝を入れて一箇所に纏める。
集められた巻き貝の山に大量の油をかけ火をつける。
燃え上がる火が集めた巻貝を燃やしていく。
火の番をしているものが,随時油を足しながら完全に燃やしつくように火を調節していく。
そうしないと,水気が多いためうまく燃やし尽くすことができないからだ。
小さな川の上流からは,混凝土による工事が始まっていた。
川底まで混凝土で覆うことになる。
少し大きな川は,水量の少ない時期に混凝土で覆うことになる。
すぐに混凝土で覆うことが難しい場所は,並行して新たな川を掘り一時的に流れを変えての作業になる。
多くの男達が鋤や鍬を手にして作業をしている。
川底の水のない部分に混凝土を流し込んでいく。
水田の一部では畑への切り替えが始まっている。
春からは,陸稲・麦・さつまいもが栽培される。
真田幸綱は武田信繁と共に視察に回っていた。
「信繁殿,いよいよ始まったな」
「いよいよ長い戦の始まりです」
二人の目の前では,多くの男達が黙々と作業をしている。
川底に混凝土を流し込み,土手も混凝土で覆う。
水田の横を流れる用水は,U字溝の様に底と両側を混凝土で覆う。
混凝土で覆うことで巻貝が繁殖していけない様にしていく。
「長い年月がかかるが確実に変わっていくだろう」
「幸綱様,皆が安心して笑って暮らせる。そんな国にして行きたいですな」
「甲斐国がこの奇病を克服できたら必ずそうなる筈だ」
「後はどれだけ粘り強く続けていけるかでしょう。呪われた土地と陰口を叩かれるこの地を,日本一豊かな土地にして見せましょう」
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