第111話 小豆坂の戦い【松平広忠は修羅となる】
天文11年8月10日(1542年)
松平・今川の連合軍は生田原に軍勢を進めた。
今川の主力と松平勢が前面に陣を作る。今川の大将は太原雪斎。
今川義元は,離れた後方に2千の兵と共に本陣を置いている。
越後上杉は,太原雪斎の陣より少し斜め後方にて陣を作る。
陣中にて上杉晴景は,上杉の諸将を集める。
「いよいよ織田と今川・松平の戦いが始まる。だが,おそらく今川勢は脆くも崩され負けるであろう」
上杉の諸将は晴景の言葉に驚いていた。
「晴景様,なぜです」
「信繁殿,それは覚悟の差」
「覚悟ですか」
「今川は西三河の進出してきた織田は目障りではあるが,西三河が織田の領地でも何ら問題無い。今川の兵たちは死に物狂いで戦う意味がないのだ。それに対して織田は,今川よりも強い。織田家は今川家や松平家よりも圧倒的な豊かだ。織田信秀はその豊かさを背景に力を蓄え,自らの力で尾張を手に入れんとしている。その織田信秀の思いと覚悟が兵たちに伝わり織田の兵達の強さを引き出している」
「では,松平はいかがですか」
「わからん。発破を掛けてやったら悩んでいた顔が腹の座った顔つきにに変わった。後はどこまで化けるか奴次第だ」
「松平広忠殿とサシで話されたと聞きましたが,どんな発破を掛けたか気になりますな」
「それはそのうち話してやる。今はこの戦に集中するぞ」
諸将は一斉に頷く。
「今川勢が完全に崩されたら,我らの出番だ。逃げる今川に代わって前に出る。鉄砲隊で一斉射撃を開始する」
「ですが今川の足軽が巻き込まれませぬか」
「なるべく今川が居なくなったところでやりたいが,逃げ遅れた奴は勘弁してもらおう。我らが鉄砲を使えば被害は最小限になるはずだ。ある程度織田の先陣を完全に叩いたら,松平が安祥城に突っ込むことになっている。松平が動いたら我らも前進して徹底的に鉄砲を撃ちまくるぞ」
「承知しました。松平とそんな事まで打ち合わせしてきたのですか」
「お膳立てはしてやる。後は松平広忠の大将としての技量次第」
「晴景様のことですから,そのお膳立てもこっそりと微に入り細に入り用意されたのでしょう」
「言ったではないか,松平広忠の技量次第だと。どんなにお膳立てしてもダメなやつは,それでも勝利を掴めぬものだ」
「それは確かに・・・」
「せっかく千挺もの鉄砲を用意したのだ。火薬を使い切るほどに撃ちまくって帰るとしよう」
「莫大な火薬を用意しております。一刻程度では使い切れませんぞ」
「余ったら勿体無い。織田勢には存分に鉄砲を味わってもらおう」
「高価な火薬を余らせたら勿体無いとは普通は言いませんぞ」
「持って帰るのも面倒であろう,使い切ってしまえ。存分に織田をもてなしてやれ」
上杉晴景は,一人の男の名を呼ぶ。
「伊賀崎道順!」
「お呼びでございますか」
上杉晴景の後ろから声がする。先ほどまで誰もいなかったはずの場所に一人の男がいた。
「申し付けていたことは大丈夫か」
「既に用意は終わっております」
「分かった。では手はず通りやってくれ」
「承知!」
男の姿が溶けるように消えていった。
織田信秀は今川勢が来たとの報告を聞きすぐさま安祥城を出て上和田に布陣。
今川勢と睨み合っていた。
「腑抜けの松平と今川が相手。負けるはずの無い戦いだ」
「ですが此度は精鋭と噂される越後上杉勢が6千ほどおります」
「信康。越後上杉は精鋭かもしれぬが,主体はあくまでも今川と松平。越後上杉はいわば客将のようなもの。松平広忠は逃げ回るだけの腑抜け。今川の兵達は本気で戦う気が無い。こんな相手に負けるはずが無いであろう」
織田信秀は弟の織田信康に大将としての自信を見せていた。
「確かにそうですな」
「さっさと片付けて追い払ってやるか」
織田信秀は立ち上がると全軍に指示を出す。
「西三河は我ら織田の物だ。今川と松平をこの三河より駆逐しろ。全軍かかれ」
織田信秀の指示で,織田勢が一斉に襲いかかる。
織田信秀自慢の槍隊が今川勢を蹴散らして行く。
「ハハハハ・・・弱い。弱いぞ」
必死に防戦しているが織田の勢いにどんどん押されていく今川勢。
そして,1カ所が崩されると連鎖反応的に陣営が崩れ始め,足軽が逃げ始める。
「逃すな〜追え〜」
織田勢が逃げる今川勢に追いつかんとしたその時,戦場に轟音が鳴り響く。
筒のようなものを持った赤備の甲冑達が前線に走り出てきた。
そしてすぐさま筒の様なものを構えると再び轟音が鳴り響く。
同時に血を流し倒れる織田の兵達。音に驚いて暴れる馬。その馬に蹴られてしまう兵達。
「あれは鉄砲ではないか,あれほど高価な物を・・一体幾つ用意して来たのだ。どうなっているのだ・・・越後上杉はどれほどの財力があるのだ」
「兄上,数え切れぬほどの鉄砲です」
織田信秀は千挺もの鉄砲による攻撃に驚いていた。
鉄砲そのもが高価であり,さらに火薬も高価。威力は抜群であるが,まともに運用しようとしたらとんでもない銭が必要になる。越後上杉家以外では,あまりに高価のため10挺から30挺程度しか用意していないところがほとんどで,戦にまともに運用できない兵器となっていた。
鉄砲の攻撃に合わせ,少し離れたところにいた松平勢が安祥城に向けて全力で走り始めた。
織田信秀は,越後上杉勢による息もつかせぬ鉄砲による攻撃に気を取られ松平勢の動きに対応できないでいた。
織田勢の手薄の部分に突撃して,安祥城に向かい全力で駆け抜ける松平勢。
先頭を松平広忠が槍を片手に馬を走らせる。
攻め寄せてくる足軽達を槍を振り回し蹴散らす。
槍の穂先からは血が滴り落ち,槍を振り回すたびにその血が自らの甲冑にかかる。
広忠の甲冑も槍も血で赤く染まる。
広忠の兜に鉄砲の流れ弾がかすり金属音を響かせるがひたすら馬を走らせる。
「先頭は危険です。後ろにお下がりください」
「それを言うなら,儂より早く走って見せろ」
松平広忠は家臣の言葉を無視して安祥城に向かいひたすら馬を走らす。
やがて安祥城が見えてきた。
「皆の者,安祥城だ。いくぞ!」
「オォォォォォォ〜」
松平勢は雄叫びをあげ安祥城の城門に殺到する。
安祥城の城門が開いたままになっており,閉める気配が無い。
「なぜ,開いている。閉める気配すらないぞ」
「城門の横に織田の兵が倒れているぞ」
「殿,一気に雪崩れ込みましょう」
「よし,安祥城を奪いかえせ。織田の倅を生捕りにしろ。行け〜!」
安祥城に次々に飛び込んでいく松平勢。
城門の横には既に事切れた織田の兵達が倒れていた。
松平勢は一気に城の奥へと入り込む。
「敵だ,松平が侵入してきたぞ,敵襲」
奥から城の留守を預かる織田勢が出てきて激しく抵抗する。
抵抗するものは次々に討たれていく。
「抵抗するものは全て切って捨てるぞ!」
松平広忠は安祥城の奥へと進んで行く
「いたぞ〜。織田信広だ。捕らえろ!」
家臣達の声が聞こえてきた。
声のした部屋に入ると厳しい目で睨む織田信広殿がいた。
「織田信広殿,大人しくしていただければ危害は加えません」
織田信広は刀にかけていた手を離し抵抗をやめ,大人しく縄で縛られてくれた。
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