第109話 小豆坂の戦い【今川からの誘い】
天文11年6月中旬(1542年)
駿河国今川館の今川義元の下に松平広忠が訪ねてきていた。
三河国を支配する松平広忠は,尾張国織田信秀の攻勢にさらされていた。
既に安祥城を奪われていた。
安祥城は,松平の居城岡崎城に近い。
そんな場所に織田信秀は,息子で長兄である織田信広を城主として入れ岡崎城を狙っている。
広忠の父である清康が家臣に殺される森山崩れと呼ばれる事件が起きた。
森山崩れをきっかけに松平一族内で内紛や裏切りが起き勢力が弱体化していた。
広忠が10歳の頃に父が殺され,その後叔父信定に全てを奪われ殺されそうになり,家臣の手により逃げ出し,各地を転々として叔父と和睦して岡崎城に戻り松平家を継いでいた。今年で17歳になる。
しかし松平広忠の力は弱く,織田と対抗していくことが難しい。
今川義元を頼ることにして幾度となく訪ねてきていた。
「広忠。於大とはうまくいっているようでなによりだ」
「有難うございます。どうやら於大は身籠ったようで」
「なんと!それはめでたい。ならば尚更松平を盤石なものとせねばならんな」
「ですが,なかなか状況が厳しい状態でございます」
「安祥城と織田信秀か」
「は・・はい」
今後のことも考えると三河から織田を一掃する必要があるのは確かだ。だが,織田信秀はなかなかの戦巧者。簡単にはいかんだろう。松平単独では荷が重い相手だ。
「広忠。ならば松平・今川で安祥城の奪還に動くか」
「よろしいので・・」
「いつかは戦う相手,早いか遅いかの差だ」
二人の話を黙って聞いていた太原雪斎が口を開いた。
「義元様,よろしいですかな」
「どうした雪斎。反対か」
「戦うことは異論ございません。可能なら越後上杉家にも協力を依頼されてはどうでしょう」
「上杉晴景殿に協力を依頼するのか」
「はい,我らの重要な同盟相手であり,近隣の大名家では最大の力をお持ちです。動員可能な兵力も群を抜いております。その越後上杉家が戦わずとも後方にいるだけで,我らの後ろに越後上杉勢がいることを示しことにもなります」
「わかった。晴景殿に書状を出すことにする。久しぶりに晴景殿と酒も飲みたいしな」
「我らの戦に越後上杉家も来られるのですか」
「おそらく来てくれると思うぞ。上杉晴景殿の軍勢は強いぞ。あれは異常な強さだ。領内の石高は100万石をはるかに超えている。領内の金銀を含めたら200万石を越えるのではないか」
「そ・・それほどですか」
「晴景殿の治世は独特だ。儂も越後上杉家に家臣を送り,領地開発などを学ばせている。食料の生産力や治水は我らのはるか先を行っている。飢饉の時には領内から一人の餓死者も出なかったそうだ」
「義元様がそれほどまでに言われるとは・・・」
「広忠。お主も会ってみるといい。得るところが多いだろう」
「は,はい,楽しみでございます」
歴史で小豆坂の戦いと呼ばれる織田対松平・今川の戦いが始まろうとしていた。
越後府中春日山城
上杉晴景は,今川義元からの書状に目を通していた。
「ほ〜」
「兄上,なんと書いてあるのですか」
「今川見物に来ないかとの誘いだ」
「今川見物ですか?」
「詳しく言うと尾張国の織田と戦をするから見物に来てくれということだ」
相手は信長の父親である織田信秀だな。今川勢は義元と松平広忠。広忠は家康の父親。
これは行くしかないだろう。織田信秀は会ってみたい相手だが難しいな。
松平広忠は会えるな。せっかくだからこれからのことも含めて,簡単に死なないように少しレクチャーしてやるか。歴史を変えるのは今更だ。やりたいようにやるのが一番気が楽だ。
「よし,行ってみるか」
「お待ちください,なぜそんな遠方にわざわざ行かれるのですか。他の者に行かせればよろしいかと」
すっかり白髪になった直江親綱が異を唱える。
「遠方ではないぞ,領地が接している同盟相手のところに行くだけだ。それとも我が領内で不穏な動きでもあるのか」
「そんなことはございませんが・・・」
「義元殿も儂にきてもらいたいようだ。儂が行くのは決定である」
「わかりました。ですがくれぐれも無茶はせぬようにお願いいたします」
「わかっている。柿崎景家,鬼小島弥太郎と虎豹騎軍四千。甲斐の真田幸隆,竹田信繁と甲斐国衆二千を連れていく。準備にかかれ」
確かこの戦いは小豆坂の戦いのはず。ならば,織田の勝利となる戦い。だが,本来いないはずの越後上杉勢が参戦する小豆坂の戦い。どうなるのか楽しみだ。
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