第107話 信玄!新たなる野望(七)

伊豆国に領地を持ち水軍を率いる武将の一人である鈴木繁宗は、大道寺盛昌を通じて北条家より安房国と上総国に攻め込むとの指示を受け、他の北条家の水軍衆と共に兵の輸送と海賊同然の里見水軍を叩くように指示を受けて関船に乗り込み出港していた。

北条家が今回集めた船は、300石の関船8隻と小早船50隻でかなりの規模だ。

安房国と上総国を握る武田晴信とその家臣となった里見義堯に対する北条家の本気がわかる。

何としてもこの二人を叩き潰すという北条氏康様の決意であろう。

第一陣として足軽を3千名を送り込むことになる。

足掛かりとなる場所を確保したら後続部隊を送り込むことになる予定だ。

我ら水軍衆の仕事は、関船で陸上で戦う足軽を運び、攻め寄せてくる里見の海賊衆を小回りの効く小早船で叩くこと。

今まで里見の水軍衆が北条の軍勢の上陸を阻めたことはない。

軍勢を送り届けたら海賊どもを海に沈め、沿岸の船という船を打ち壊すだけだ。

相模の対岸でわずかな距離だ。すぐに終わる。簡単な仕事だ。

「敵襲〜」

見張りの声が響き渡る。

海を見渡すと前方から多くの小早船が攻め寄せてくるのが見えた。敵は50隻ほどか。

里見家側もかなりの数を集めてきたようだ。

北条水軍と里見水軍との戦いが始まったと同時に、北条水軍の小早船が次々に炎に包まれた。

一方的に北条水軍の船が燃やされている。今まで無かった光景がくり広がられている。

「何・・・何が起きている」

「わかりません。敵が何かを投げつけたら燃え上がった様です」

こうしている間にも味方の船が次々に火に包まれ燃え始めている。

「何をしている矢を放て」

矢を次々に放つが敵の盾に防がれている。

「近づいて乗り込んで切り捨てろ」

里見水軍の船に近づく船は次々に燃えて海に沈んでいく。

関船が1隻燃えて沈み始めた。乗り込んでいる足軽達が慌てて海に飛び込んでいる。

だが、水軍衆以外のものはほとんど泳げない。

里見水軍を追い払わねば助けるができない。急がなくてはならん。

「敵の小早船が接近してきます」

「近づけるな。矢をどんどん射掛けろ」

北条水軍は必死に矢を射掛けるが木の盾で防がれる。

「何をしている火矢を使え・・・火矢だ」

火矢を放つが、木の盾で防がれ敵船を燃やすことができない。

戦況を確認するために周囲を見渡すと、ほとんどの船が既に火に包まれ燃え上がっていた。

「なぜだ・・・何が起きている」

こちらの関船に陶器の様なものが投げ込まれ割れると同時に火が燃えがった。

「火を消せ、急げ」

しかし、必死に火を消そうとしているところに、次々に陶器のようなものが投げ込まれ、陶器が割れると次々に火が立ち昇り火は消すことが不可能なほどに広がった。

もはや浮いているのはこの船だけだが、浮いているだけで沈むのは時間の問題だ。

「もう駄目です。火が消せません」

必死に火を消そうとしている家来が悲痛な叫びを上げる。

このままでは、火に飲み込まれるか、船と一緒に海に沈むことになる。

「もうだめだ。甲冑を捨て全員海に飛び込め、相模に泳いで戻るぞ。死にたく無い奴は海に飛びこめ、急げ、火に焼かれて死ぬぞ」

次々に海に飛び込む水軍衆と足軽達。

何人かの足軽は浮いている木材につかまるが、泳げぬ大半の足軽達は海に沈んでいく。

里見水軍は、北条家の全ての船を海に沈めると、波間に浮かんでいる者達には目もくれずに相模と伊豆に進路を向けた。

相模と伊豆にある北条水軍衆の残りの船を沈め、水軍の施設を完全に壊すためだ。

里見水軍は相模から伊豆にかけて沿岸にある北条水軍衆に関わるものを徹底的に破壊し、沿岸の村々から略奪をしていく。

村々から略奪する時に、『恨むなら先に攻め寄せてきた北条氏康を恨め、我らは反撃したまでだ』と言い捨てて、北条氏康の失政であるように噂を広めていくこともしていた。

北条家の領民達と北条水軍に、里見水軍の恐ろしさを植え付けるかのように徹底的に!

北条家は水軍の全ての船を失い、多くの水軍衆を失い、水軍に関わる全ての施設を失い、北条家は水軍再建に長い時間と莫大な費用を強いられることとなった。

このため、房総沖から伊豆に至る間の制海権を武田晴信に握られることとなった。



佐貫城

武田晴信は、里見義堯から北条水軍との戦いに関する報告を聞いていた。

「晴信様、攻め寄せてきた北条水軍の船は全て沈め、乗っていた足軽共も海の藻屑とし、さらに北条領内に残っていた船も残らず破壊いたしました」

「造船場所はどうした」

「造船に関わる場所も残らず火を放ち、主な船大工も始末いたしました。水軍再建はほぼ不可のかと思われます」

武田晴信は、北条領内で造船場所と船大工住むの位置を甲州忍びを使い調べ上げ、相模沿岸を襲撃するときに先にそこを先に叩く様に指示していた。

「流石は、里見の水軍衆だ。北条水軍を完膚なきまでに叩きのめしたか」

「全ては、晴信様のご指示通りに動いたまで。晴信様の策の賜物」

「これで房総沖から伊豆までの制海権は我らが握ることになる。定期的に北条の船を叩いていけば、背後を心配せずに下総攻略に取り組める」

「では、いよいよ下総攻略でございますね」

「下総をかき乱してそこに介入するとしよう」

「承知いたしました」

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