第105話 信玄!新たなる野望(伍)
真理谷信応は里見義堯が武田晴信に負けたと聞き、急ぎ戦の支度に入っていた。
狙いは、安房国。
「急げ、今のうちに安房国に攻め込むぞ」
里見義堯が負けて生捕りにされたことで安房国は混乱していると見ていた。
体制の整わぬうちに安房国に攻め込み、少なくとも半国は奪い取ろうと考えていた。
物見達からもたらされる情報は、どれも安房国の混乱ぶりを現している。
略奪が横行し、土豪たちもバラバラに動いておりまとまりが無い。
「この儂こそが安房国と上総国を統べるものだ。信隆なんぞに渡してなるものか」
真理谷信応は自分こそが真理谷武田家の後継であり、上総国と安房国の全てを手に入れる存在だと疑っていなかった。
「信隆なんぞに遅れをとるわけにはいかん」
真理谷信応は集めた兵達に向かい気勢を上げる。
「皆の者、安房国を我らの手に入れるぞ。戦で手に入れた物は、各々好きにせよ」
真理谷信応の言葉に歓喜の声を上げる足軽達。
乱取りを大将が直々に許可したのだ。
足軽達は奪えるものは、全て奪う皮算用に胸を躍らせていた。
真理谷信応は、真理谷信隆への備えを準備して、六千の兵を率いって安房国へ出陣した。
安房国に向かい進軍していると、街道上に里見の軍勢が三百待ち構えている。
「敵は少数だ。蹴散らせ!」
しばらく小競り合いが続くと里見の兵たちは武器を捨てて逃げ出した。
「強い・・だめだ逃げろ」
「引け引け・・・退却だ」
里見の兵達が逃げ出した跡には多くの旗と武器が残されていた。
「ハハハハ・・・弱い・・弱いぞ。これがあの里見の兵か。ハハハハ・・・根絶やしにしてやろう。追え、一人も逃すな。追え」
逃げる里見の兵たちを討ち取ろうと後を追う真理谷信応の兵達。
追いつかれた里見の足軽が一人また一人と討たれていく。
圧倒的優位を信じる真理谷信応達は、立ち止まることもなくさらに里見の兵を追撃して山間に差し掛かる。
真理谷信応の軍勢の横から轟音が響き渡り、足軽達が血を流して倒れ、馬が暴れれ始める。
同時に大量の矢が降り注ぐ。
降り注ぐが途切れると、囲むように襲い掛かる里見の兵達。
「し・・しまった。罠か・・・誘い込まれた」
真理谷信応の周辺にも次々と矢が撃ち込まれる。
「怯むな・・戦え、我らが優勢だ。戦え!」
家臣や足軽達が次々に打ち取られていく中、一人に戦わずに逃げ出そうとする真理谷信応。
「いたぞ。真理谷信応だ。討ち取れ!逃すな」
「クソッ・・・来るな来るな来るな」
刀を振り回す真理谷信応の腹に槍が突き刺さり、ゆっくりと倒れていく。
「真理谷信応を討ち取ったぞ」
勝ち鬨の声が山間に響き渡っていく。
その光景を少し離れた場所から武田晴信と里見義堯が見つめていた。
「他愛もない相手だな。手駒にする価値もない」
「晴信様、偽の情報に踊らされ、我らの策に容易くかかってくれる程度。元々必要ありますまい」
「それもそうだな」
武田晴信は短期間で安房国、上総国を手に入れることとなった。
武田晴信達は、佐貫城に戻っていた。
「晴景様、下総国を攻めますか」
「義堯。それは、まだ早い。まず、足元を固めることが先だ」
「足元を固めるですか」
「銭を稼ぎ、兵を養い、同時に北条への備えを固めることが先だ。今のまま下総国に攻め込んでも北条の横槍で失敗する。我らが下総を攻めるもしくは儂の野望を知れば、北条は水軍を使い攻めてくる。北条への備えを厚くするには水軍を強くしておくことが必要だ」
「なるほど、確かに北条は安房国や上総国に攻めてくる時は水軍を使い軍勢を運んできますな。承知しました。具体的にはどの様にいたしますか」
「最も効率的なのは、火を用いて敵船を燃やすことだ。越後上杉は焙烙玉をよく使う。火薬は銭がかかりすぎる故、中身を油にした物を使うと良いだろう。物は富田郷左衛門に作らせている。見本が出来上がったら同じものを作らせ使わせてくれ」
「承知いたしました」
「水軍の備えができたら、わざと北条に攻めさせて北条の水軍を殲滅することも考えた方が良いかもしれん」
「なるほど、それも考えて備えるとしましょう」
「後は、交易を盛んにして銭を稼ぐ。安房国・上総国は金銀は採れないが砂鉄がある。砂鉄を使い鉄製品を作り売っていく。作物の増産も必要だ」
武田晴信はそう言ってある作物を出してきた。
「これは・・・」
「越後上杉の領内で盛んに作られているさつまいもと言うものだ。簡単に栽培できてしかもうまい。これを使い酒も作れるらしいぞ」
「これから酒が作れるのですか」
里見義堯は、さつまいもを手に取り不思議そうに眺めていた。
「もう一つは灯り用の油で菜種油を京の都に売り込む。灯り用の油はかなりいい値段で売れる。そのために、領内の空き地などに菜の花を植えていく。銭を稼ぎ領内を富ませることと並行して馬を集めてくれ。騎馬をできる限り多くして機動力を上げる必要がある」
「承知いたしました」
「さて、富田郷左衛門」
「お呼びでしょうか」
「下総国を調べよ。下総国衆で切り崩しやすい相手。付け入る隙を調べよ」
「承知いたしました」
「兵馬を養いつつ次の戦の準備を怠りなく進めるぞ。まだ、儂の野望の始まりに過ぎん」
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