第104話 信玄!新たなる野望(肆)

佐貫城広間

手を後ろで縛られた里見義堯が武田晴信の前に連れて来られた。

広間には武田晴信の家臣と今回武田晴信に従ってた周辺の土豪達がいた。

「武田晴信である」

「里見義堯だ」

堂々とした物言いで真っ直ぐ武田晴信を見ている。

「わざわざここに連れて来なくとも、負けたのだからさっさと殺せばよかろう」

「里見義堯、死に急ぐ必要もあるまい。お主に聞きたいことがある」

「聞きたいことだと・・?」

「お主は、武将として、里見の当主として何を目指す」

「目指す?」

「そうだ。武将として何を欲する」

「ふむ・・・上総国か」

「その先は」

「その先・・・考えたことも無い」

「儂は違うぞ、安房国・上総国を手に入れ、下総国を手に入れ、古河公方、関東管領を打ち倒し、北条も飲み込み、関東を手に入れる」

信じられない何を言っているのだと言わんばかりの表情をする里見義堯。

「無理だ。そんなんことは不可能だ」

「なぜ、不可能と言う」

「相手が黙ってやられるわけがない。皆、強者揃いだ」

「上杉晴景を知っているか、わずか十数年で越後、佐渡、信濃、越中、出羽庄内、そして甲斐を手にした化物だ。奴ができたのだ甲斐源氏の本流たる儂ができぬ訳があるか。ゆくゆくは上杉晴景を打ち倒してくれる」

「鎌倉公方を目指すのか」

「鎌倉公方だと・・違う違う。儂は、鎌倉殿になるのだ」

武田晴信はそう言うと不敵な笑みを浮かべた。

鎌倉公方は、足利幕府が任命した役職に過ぎない。だが、鎌倉殿とは武家政権の始まりである源頼朝を称える言葉であり、源頼朝亡き後は鎌倉幕府の将軍を意味するようになる。

だが、坂東武者にとって鎌倉殿の尊称は特別な意味を持つ。

まとまりのなかった坂東武者たちが、源頼朝を武家の頭領と認め、まとまる事で武家政権を作ることができた。初めての武家の棟梁に対する畏敬の念も込められている。

鎌倉殿を目指すと聞いた里見義堯とこの場にいる一同は、全員目を見開き驚愕の表情を浮かべている。鎌倉殿になるということは、武田晴信自らが鎌倉に幕府を開くと言っていることと同じであるからであった。

「本気か・・・いや、正気か」

「正気であり本気だ。そのためには・・・里見義堯、お主の力が必要だ」

「儂の力だと」

「そうだ、儂が鎌倉殿になったら上総国ぐらいくれてやる。なんなら下総国も付けてやろう」

里見義堯は暫く黙り考えこむ、そして急に笑い始めた。

「ハハハハ・・・・・これほど笑ったのは初めてだ。お主はとんでもない奴だな。お主のようなとんでもない奴は初めて見たぞ。いいだろう、そのとんでもない大ボラに乗ってやろう。この里見義堯、お主の家臣となろう。存分に使うがいい。ただし仕えるに足りぬなら、儂が貴様を食ってやるぞ」

「いいだろう、儂を食えるなら食ってみよ。いつでも受けて立つぞ。里見義堯の縄を解け」

武田晴景の指示で里見義堯の縄が解かれる。

里見義堯は居住まいを正し改めて武田晴信に向き合う。

「この里見義堯、本日ただいまより武田晴信様にお仕えいたします。武田晴信様の鎌倉殿を目指す野望に、この里見義堯を存分にお使いください」

「里見義堯、期待しているぞ」

「ここにいる皆様にひとつご忠告でございます。晴信様が鎌倉殿を目指すことは、少なくとも上総国を取るまでは秘密になさいませ。その事を北条が知れば必ずや攻め寄せてきましょう。今は北条寄りの姿勢を見せておく事です」

「わかった。皆は里見殿の忠告をよく胸に刻み付けておけ。良いな!」

武田晴信は、安房国を手に入れ猛将里見義堯を家臣に加えることとなった。



椎津城

真理谷信隆は家臣からの報告に驚いていた。

「儂の聞き間違いか、わずか2ヶ月程で城を2つ落とし、さらに里見義堯を従えたと聞こえたが」

「本当にございます。佐貫城・峰上城を落とし、その後里見義堯と戦い里見義堯を生捕りにしたとのこと」

「生捕りだと・・・それこそありえんぞ」

「ですが事実でございます。生捕りにされた里見義堯は武田晴信殿の家臣となり、安房国を差し出したそうでございます」

真理谷信隆は、家臣からの報告がいまだに信じられなかった。

あの猛将里見義堯があっさりと武田晴信の家臣となり、自ら支配する安房国を差し出したことが信じられなかった。

「なぜだ、簡単に人に従うような奴では無いぞ。自らに利がなければ簡単に裏切る奴だぞ」

里見義堯は、真理谷信隆を裏切り、北条氏綱も裏切り、小弓公方足利義明を裏切り、その時々で最も有利となるように動いていた。それゆえ、真理谷信隆は信じられなかった。

そんな男が自らの領地を差し出し配下に収まるなどあり得ないことであった。

「一体何が起きたのだ・・・」

そこに、家臣が慌てて入ってくる。

「殿、武田晴信殿と里見義堯殿がお見えです」

「な・・何」

真理谷信隆の返事も聞かず、武田晴信と里見義堯が入ってきた。

「信隆殿、ご懸念の里見殿は我が家臣となった。もう心配は無用」

「なぜ、里見殿が武田殿の家臣になったのだ」

武田晴信が答えようとした時、里見義堯がそれを制した。

「晴信様、ここから先はこの義堯にお任せください」

頷く武田晴信。

「さて、信隆殿。儂がなぜ晴信様の家来になったか不思議そうだな。単純に戦に負けたからだ」

「お主は大人しく人の采配に従う男では無い。負けて人に従うくらいなら戦で散ることを考えるはずだ」

「なるほど。少し前ならそうだった。ひとつとんでもない大ボラに乗ってみる気になったのだ」

「とんでもない大ボラだと」

「知りたいか、知ればお主は選ばねばならんぞ。我らにつくか、永久に北条の手先となるか」

「ど・・・どういうことだ」

「その覚悟があるかと聞いているのだ」

その瞬間、落雷の音がして、強い雨が降り出す。

「聞こう、話すがいい」

「晴信様は関東を全て平らげて鎌倉殿を目指すそうだ」

「鎌倉殿・・・ありえん。正気か」

「2つの城を瞬く間に攻め落とし、儂を生捕にしてしまうお方だ。できると思わんか」

「北条が黙っておらんぞ」

「信隆殿、貴殿が北条にどんなに尽くそうが、北条からしたら便利な駒。上総国を丸ごとお主にませることはしないだろう。それはお主もわかっているはず。そうであろう」

「それは・・そうだが、他に道は無い」

「他に道はある。お主の本家にあたる武田晴信様に力を貸せ、我らと共に力を合わせ武田晴信様を鎌倉殿に押し上げるのだ。最初から手を貸すのと後からでは雲泥の差。わかるであろう。それともこの話を弟の信応に持っていっていいぞ。奴ならすぐに飛びつくぞ。武田晴信様、この里見義堯、そして真理谷信応が組んだらお主と北条の出る幕はなくなるぞ」

「そ・・それは・・」

「決めろ。信隆殿。お主の悪ところは果断に決断し行動できんところだ。今すぐだ。決めねば後悔するぞ」

「わ・・わかった。何をすればいい」

「こちらから北条には何も知らせるな。そのうち風の噂が伝わり北条が聞いてくるであろう。そうしたら、里見義堯は武田晴信殿の配下となり自分に協力的になったと言っておくことだ」

「わかった。だが、なぜだ」

「我らの体制が整うまで時を稼ぐ必要がある。体制が整うまで北条の横槍はできるだけ避けたいからな」

頷く真理谷信隆。

「信隆殿。よう決断してくれた。この晴信うれしく思うぞ」

「この真理谷信隆、精一杯尽くさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします」

「晴信様」

「なんだ、義堯」

「後は、真理谷信応だけでございます。奴には我らの思惑通りに踊ってもらいましょう」

「クククク・・・そうだな。信隆殿が我らの味方となれば、信応にはそれなりに役に立ってもらうとするか」

「承知いたしまいした」

武田晴信と里見義堯による企みが動き始めることになるのであった。

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