第103話 信玄!新たなる野望(参)

天文10年2月上旬(1541年)

武田晴信は、佐貫城を落とすとすぐさま峰上城にも攻め寄せ、佐貫城と同じ手法で一気に攻め落としていた。峰上城は、守備のための家臣達を置き、佐貫城に戻り周辺の土豪達の取り込みをしていた。

「吉原玄蕃と申します。よろしくお願いいたします」

「期待しているぞ」

鮮やかに2つの城を攻め落としたため、周辺の土豪達が一人また一人と挨拶に訪れるようになっていた。

気になる里見氏の動きだが不気味なほど動きが無い。

土豪達が帰ると富田郷左衛門が入ってきた。

「どうした」

「ハッ、里見義堯さとみよしたかはどうやら真理谷家内部で内紛を起こそうと画策しているようです」

「ほ〜内紛か」

「笹子城、中尾城で内紛を引き起こし、それを利用して我らが手に入れた佐貫城、峰上城はもちろん真理谷隆信殿の椎津城まで一気に押さえるつもりのようです」

「なかなか攻めて来ないと思ったらそんなことを画策していたか」

「晴信様があっさりと城を2つ攻め落としてしまったため、かなり警戒したためのようです」

「そこで策を弄するか」

「そのようです」

「クククク・・・力攻めの方が厳しかったが、策を弄すなら利用してやるまでのこと。佐貫城、峰上城を手に入れた直後に力攻めできたら苦しかったが、警戒してくれたため周辺の土豪を取り込む時間が得られた」

「如何いたします」

「里見義堯の動きを探れ、奴がいつ、どこをどのように攻めるのか、里見義堯は戦に出てくるのかも含めて調べよ」

「承知いたしました」



久留里城

里見義堯は不機嫌極まりない様子であった。

北条が甲斐を追われた者達三百名ほどを真理谷信隆に送ってきた。

正直、三百名程度で何ができるのかと思っていたら、瞬く間に城を二つも落とされてしまった。

「ありえん。奴らはなんなのだ」

「義隆様、どうやら元甲斐国主武田晴信とその家臣達のようでございます」

重臣である正木通綱まさきみちつなが報告を上げていた。

「武田晴信・・・?」

「真理谷の本家にあたる者達のようです」

「そういえば奴らは時折、真理谷武田と名乗ることがあったな。だが、なぜ元甲斐国主なのだ」

「越後上杉家との戦いに敗れたためでございます」

「越後上杉家だと・・・?」

「はい、越後・佐渡・信濃・越中・出羽庄内・甲斐を支配する大大名ですな。石高で100万石以上、さらに領内に数多くの金山銀山を持っていると聞き及んでいます。我らの安房国がせいぜい4万石程度。実高を考えたら我らの30倍をはるかに越える相手ですな。我らが上総国を手に入れても届きませぬ」

「やれやれ、そんな相手が近くにいなくてよかったな」

「そうですな。ですが、武田晴信はそんな相手と数年に渡り戦っていましたから、油断は禁物かと思います」

「わずかな手勢で鮮やかに城を二つも落として見せたのだ。危険な相手だ。しかし、このままにしておくわけにはいかん」

「ちょうど真理谷家で揉め事が起きそうです」

「ほ〜・・揉め事か。ならば揉め事の火にたっぷりと油を入れてやるか。燃え上がって内紛が起きたところで奪われた城を取り返し、その勢いで真理谷信隆勢を駆逐してやろう」

「笹子城の武田信茂が疑われているようですから、偽の書状でも書いて真理谷信隆の手の者に渡るようにしてやりますか」

「いいだろう。正木に任せよう。派手にやれ」

「承知いたしました」



真理谷信隆の家臣が笹子城武田信茂を切り捨てる事件を起こし、内紛が表面化した。

これを好機と見た里見義堯は軍勢を招集。5千の兵を集めて峰上城へ向けて進軍を開始した。

里見義堯率いる軍勢は山中で待ち構えている二百名の軍勢を発見。

街道沿いに馬防柵を作り槍を構えている。

「敵と思われる軍勢を発見。武田勢と思われます」

物見の家臣から報告が来た。

「数は」

「二百名と思われます」

「わずか二百か、蹴散らせ」

里見義隆の軍勢は武田の軍勢に襲いかかる。

暫くすると武田勢は叫び声をあげて逃げ始めた。

「ダメだ、逃げろ」

「退却だ・・・退却」

武田勢が逃げた後には、多くの旗や弓矢・槍・刀が投げ捨てられていた。

「甲斐武田勢はこれほどまでに弱いのか・・・罠かもしれん。慎重に進め」

暫くすると、再び武田勢が現れた。

「蹴散らせ」

里見義堯の号令で一斉に襲い掛かる。

暫くすると武田勢が武器を捨て一斉に逃げ出す。

「これは弱い。弱すぎる。城も夜襲で奪われたと聞く。甲斐武田勢はまともな合戦では弱いに違いない」

里見義堯は思わず呟く。

「全軍!敵を一人も逃すな我に続け」

慎重に進んでいた里見軍が一斉に追撃を始めた。

逃げ遅れた足軽を切り捨てながら追いかけていく。

すると逃げていた甲斐武田の足軽が逃げることを止め、槍を揃えて槍先をこちらに向けている。

「逃げ切れないと諦めたか、いいだろう引導を渡し・・・」

里見義堯が号令を発しようとしたその瞬間

左の山中から聞いた事の無い轟音が響き渡った。

家臣達が倒れ、轟音に驚いた馬が暴れ始めた。

さらに、矢が多数飛んで来て、次々に足軽達に突き刺さる。

再び、轟音が鳴り響く。幾度となく鳴り響く轟音が止むと左の山中から槍を構えた足軽が突進してきた。正面からも、後ろからも攻め寄せてくる。

「しまった。罠か・・・囲まれた」

里見軍勢は鉄砲の攻撃と三方向からの襲撃で総崩れとなり始めていた。

次々に逃げ出す里見の足軽兵。

「義堯様こちらに・・・」

家臣達が血路を切り開こうとしたが、その時、里見義堯に向けて綱が投げかけられた。

網が絡まり身動きが取れな口なった里見義堯は、武田勢により生捕りにされることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る