第100話 甲斐国平定
上杉晴景率いる軍勢が甲府に迫ろうとした時、甲府から一人の若武者が馬に白旗を掲げやって来る。伴もつけずに単騎で上杉の軍勢に向かって来た。
「武田信繁と申します。上杉晴景様に御目通り願いたい」
よく通る声で堂々と名乗りを上げた。
村上義清は臨戦体制の兵たちを制して前に出た。
武田信繁は馬から降りる。
「村上義清と申す。これはいかなることか」
「甲斐国主武田晴信が弟武田信繁と申します。上杉晴景様にお願いの儀があり参上したしました。上杉晴景様に御目通りをお願いいたします」
大軍を前に、一人臆することも無く堂々とした振る舞いに村上義清は感心していた。
「よかろう。そこで少々待たれるが良い。晴景様に確認して参る」
暫くすると村上義清が戻ってきた。
「我らが主、上杉晴景様がお会いになるそうだ。ついて来るが良い。ただし、身につけている太刀と脇差は与らせてもらうぞ」
武田信繁は太刀と脇差を預け、村上義清の案内で軍勢の奥へと入っていく。
軍勢の中心あたりで陣幕が張られ、会談の場が設けられていた。
奥の中心に上杉晴景。そして左右を側近達が固めていた。
向かいに一つだけ床几が置かれている。
「武田信繁殿そこにお座りください」
村上義清の指示で空いている床几に座る。
「儂が上杉晴景である」
「武田晴信の弟武田信繁でございます」
「何故、危険を冒してこの場に来られた」
「甲斐国主であり、我が兄である武田晴信は既に甲斐を離れております」
「何、どこに行ったというのか」
「どこに行くかは話しておりませんでした。側近たちと家族のみで出て行きました。私にも来る様に言われましたが、足手まといになる幼い兄弟を置いていくため、私は同行を断り甲斐に残りました。そこで、上杉晴景様にお願いがございます」
「願いとは」
「今、この甲斐国にいる甲斐武田宗家の筆頭はこの武田信繁でございます。我が命と引き換えに甲斐の領民達と幼い我が兄弟達をお救いください。甲斐の領民は、飢饉のために皆飢えております。明日の命も知れぬのです。また、幼い我が兄弟は領民同様に少ない食糧を分け合い生きております。兄弟には上杉様に生涯お仕えする様に言いしっかりとふくめております。取るに足らぬ我が命でございますが。どうかこの命一つと引き換えで皆をお救いください。腹を切ることでも、打首でも構いません。どうか皆をお救いください」
上杉晴景の目をじっと見つめる武田信繁。
覚悟を決めた男の目をしている。
「その言葉は、信繁殿の兄である晴信殿が言わねばならぬ言葉。信繁殿は甲斐国主でも無く。甲斐武田家の当主でも無い。ましてや家老でも重臣でも無い。同じ父を持つだけだ」
「ですが、戦をおさめるには誰かが責任を負わねばなりません」
「信繁殿の兄である晴信殿は、武将としての器を持つ人物だと思う。だが、忍耐が足りん。信虎殿を追放せずにあと10年、いやあと5年忍耐して、多くの経験を積み上げていくことができていたら、この様なことにはなっていなかったであろう。信繁殿の責任ではない」
「ですが・・・」
「儂の家臣たちは、皆、土木工事が得意だ」
「ハッ???」
「河川改修から新田開発、築城、畑仕事まで何でもこなす。さらに、海の向こうの大陸まで交易に行く者もいる。儂は甲斐を平定すると言った。平定にも色々な考えがある。儂の言った平定とは、飢饉と洪水でボロボロになり苦しむ甲斐を平和にすることだ。甲斐が苦しむ原因は飢饉と洪水だ。ならば我らが食糧を分け与え、新田開発から河川改修を手伝おうとここに来る途中に、数多くの山賊どもが次々に襲ってきたが残らず叩き潰してきた。山賊ゆえ叩き潰しても問題なかろう。数多くの山賊には襲われたが、まだ、正式な甲斐の軍勢には出会っていないから戦は起きておらん。お主は、山賊どもの代わりに死ぬのか」
「しかし・・・」
「やめろやめろ、そんな暇があったら儂を手伝え。天下泰平を考える儂を手伝え、まったく人手が足りん、人手が足りんのだ」
「・・・・・」
一斉に笑いだす晴景の側近達。
「楽隠居したいと言われるのに、一つ片付くとその何倍もの仕事を自ら作り出す。どんなに人手を増やそうがこれでは楽隠居は無理でしょう」
宇佐美定満が言えば
「宇佐美殿の言われる通り、人手を増やしても増やしても、自ら次々に仕事作り出すため楽隠居は諦めた方がよろしいかと、まず無理かと!」
「宇佐美、斎藤、何を言う。儂は安寧なる生活を求めるゆえ、やむなくやっているのだ」
「まさに、怠惰を求めた結果、勤勉に行き着くですな」
「宇佐美殿の言われる通り、隠居は諦め、勤勉に生きるしかありますまい。河川改修、新田開発、築城も晴景様の無茶振りに皆で勤勉に必死に取り組んだゆえ、得意になったのでございます」
「・・・皆、恩恵を受けているのだからいいではないか!」
武田信繁は上杉晴景と側近達のやり取りに呆気に取られていた。
「信繁殿!」
「ハ・・ハイ・・」
「武田の武の字を竹に変え、今日この時から竹田信繁として儂に仕えよ。武田信繁はたった今死んだ。ここにいるのは竹田信繁である。お主の幼い兄弟を十分に養える銭なら出してやる。心配するな」
「よろしいので・・・」
「かまわん!儂が許す」
「ありがとうございます。生涯お仕えさせていただきます」
この瞬間、越後上杉家による甲斐平定が終わったのであった。
天文9年7月上旬(1540年)
甲斐東の小山田信有が正式に越後上杉家家臣に加わり、甲斐国全てが越後上杉家の傘下に入ることになった。そして、領内の国衆に力を持たせすぎないようにするため、甲斐北部の黒川金山、南部の湯之奥金山を始めとした甲斐国内の金山を上杉家直轄とする命令を出した。
甲斐平定の功績により真田幸綱に甲斐西側を任せることにした。
真田幸綱に甲斐西側を任せるに伴い、武田信繁改め竹田信繁を真田幸綱の配下とすることにした。幸綱なら使いこなせるだろう。そして、空いた虎豹騎軍第四軍軍団長を小島弥太郎に任せることにした。
上杉謙信の側近となり30人力の怪力無双と呼ばれ、戦場での暴れ振りから‘’鬼小島弥太郎‘’と呼ばれ数々の伝説を残すことになる男だ。
甲斐平定のもう一人の功労者の村上義清には、新諏訪城城代から南信濃全域を正式に任せることにした。
北信濃は叔父の高梨に任せ、東信濃は直轄地として甘粕泰重を佐久城代として配置し、関東への睨みを利かせることにした。甘粕泰重の嫡男が後に上杉四天王の一人となる甘粕景持である。
中信濃も直轄地として扱い、新たな城を築いて新発田綱貞を城代として置くことを決めた。
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