第99話 天下泰平の旗印の下

信濃国新諏訪城

諏訪に向かって急いでいた越後上杉家の軍勢は、諏訪が近づくと速度を落として整然とゆっくりと進み始める。

上杉晴景の乗る馬も乗りゆっくりと進む。

晴景の後ろからは‘’天下泰平‘’‘の旗印を掲げた小姓達が付き従う。

赤備の1万の軍勢を率いて信濃の国衆と領民に越後上杉家の武威を示す様に整然と進む。

新諏訪城に到着すると上杉晴景は馬を降り、信濃国衆の待つ広間へと歩いて行く。

広間には既に信濃国衆が揃っていた。

「大儀である」

「我ら信濃南部の国衆、5千の兵は全て揃っております」

諏訪頼重の言葉に頷く上杉晴景。

「此度の戦は、世に安寧をもたらすための戦である。甲斐国主武田晴信は我が上杉家に戦を仕掛け、飢餓に苦しむ領民、国衆たちに対して戦による口減らしを企んでおる。いかに乱世とはいえ容認でない所業である。乱世の世に心の底まで染まり切った悪辣なる企みである。我らの力を持って甲斐の乱世をここで終わらせ、甲斐を天下泰平の世とする」

「承知いたしました。我ら信濃国衆を存分にお使いくださいませ」

「期待しているぞ。明朝日出と共に出陣する。準備をせよ」


甲斐国北巨摩郡越後上杉砦

顔色も悪く痩せた男達の群れが迫ってきた。五百名ほどか。

大将らしい男が何か指示を出しているようだ。

一斉に槍を構えて突撃を開始してきた。

幾重にも作られた馬防柵が人の動きを阻害して簡単に進ませない。

「鉄砲隊用意」

真田幸綱が虎豹騎軍の鉄砲隊に指示を出す。

「撃て!!!」

一斉に銃声が響き渡り、攻め込もうとしていた男達が次々に倒れていく。

鉄砲隊の指揮官でもある真田幸綱の指示が出るまで、虎豹騎軍鉄砲隊は休むことなく鉄砲を撃ち続ける。鳴り止まない銃声。戦場に溢れる火薬の匂い。

やがて、敵は一斉に逃げ出した。

「打ち方やめ。長槍隊行け」

長槍隊が残った敵を討ち払っていく。

「幸綱様」

家臣の伝令役が来た。

「間も無く晴景様が到着されます」

「承知した」

暫くすると上杉晴景率いる1万5千の軍勢がやって来た。

真田幸綱、村上義清の前にゆっくりとやって来る上杉晴景。

「二人とも大儀である。敵の動きはどうだ」

「ここ数日、数百人規模の襲撃が繰り返し起きていますが、ことごとく返り討ちにして討ち払っております」

真田幸綱の言葉に上杉晴景は頷く。そして諸将に向かい声を上げる。

「刻をかける訳にはいかん。このまま一気に甲府を攻める。ただし、盗みや乱暴狼藉・乱取りなどの行為は全て禁止である。全軍、配下、家臣、足軽に至るまでその事をしかと申し伝えよ。我が命に従わぬ者は誰であろうと厳罰に処する。場合によっては儂がその場で切って捨てる。必ず全員にそう伝えよ」

諸将の顔に緊張の表情が浮かぶ。

「村上義清!」

「ハッ!」

「先鋒を申し付ける」

「承知いたしました」

「全軍、進め」

上杉晴景の指示で総勢2万となった越後上杉勢が甲府に向かい再び進軍を開始した。

甲府に入る少し手前で大量の竹束を抱えた足軽と武田の騎馬隊が現れた。

「鉄砲隊用意。二十匁鉄砲前に!」

村上義清の指示で口径の大きな鉄砲を持つ兵が前に出てきた。

竹束を持つ足軽が一斉に向かってくる

「竹束で鉄砲を防ぎながら足軽を突っ込ませ、乱戦にさせて鉄砲を使えなくさせたうえで、騎馬隊を突入させるつもりか・・・甘いな。鉄砲隊用意・・・撃て」

村上義清の指示で一斉に鉄砲を撃ち始める。

いつもより銃声の音が大きい。口径の大きな鉄砲にため火薬の量も多く、威力もより強力な鉄砲であった。越後上杉軍は三千挺もの鉄砲を用意していた。

次々に竹束を貫通して竹束を持つ足軽が倒れていく。

だが、騎馬隊は構わずに突込んでくる。

騎馬隊の動きに合わせ通常使う鉄砲も撃ち始める。

休む事なく撃ち続けられる鉄砲。

自慢の騎馬隊も上杉の陣営に届く事なく倒れていく。一人、また一人と倒れていく。

半狂乱状態の馬に振り落とされるもの達もいた。

上杉晴景はその様子を見ながら呟いていた。

「奴は、武田晴信は家臣を人を何だと思っているのか・・・謀略に謀略を重ねた果てがこれなのか。自らが折れる覚悟があればこれ程死なせずに済むものを・・・武将としての卓越した才がありながら心の奥底まで乱世に染まり切ってしまったと言う事なのか」

上杉晴景は、戦場の様子を悲しむような目で見ていた。

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