第98話 求めるは天下泰平の世

越後府中春日山城

上杉晴景は、重臣達を招集して広間に集めていた。

「皆に申し伝えることがある」

上杉晴景の言葉に重臣達は緊張の表情をする。

「甲斐国主武田晴信は、飢饉に苦しむ家臣、国衆、領民のことを考えず我ら越後上杉に戦を仕掛けようとしている。さらに、戦を使い飢餓に苦しむ国衆や領民を口減らしするつもりだ。戦で飢えた領民が減れば必要な食糧も減る。一石二鳥と考えているようだ。まさに、乱世に染まり切った悪辣な考えである。儂はこのような考えを断じて認めることはできん。皆に甘いと言われるかもしれん。それでも甲斐の領民を助けたいと思う」

重臣達は何も言わず晴景を見つめている。

重臣達の中から直江親綱が口を開く。

「晴景様が甘いのは昔からでございます。誰も驚きません。皆はその甘い、大甘なところも全てわかった上でお仕えしてこの場におります。晴景様が正しいと思うことは我らが全力で支えます。もっと胸を張り自信を持ってください」

「そうか・・・」

「晴景様が決めたことを自信をもって我らにお命じください」

重臣達は晴景の言葉を待っていた。

「世の安寧のために甲斐を平定する。儂が求めるのは天下泰平の世だ。皆が、笑って暮らせる世だ。そのために甲斐を平定する。虎豹騎軍第一軍、第五軍は儂と共に甲斐に向けて直ちに出陣。第二軍は後方支援。第三軍が越後府中詰めとする。信濃南部の国衆に招集をかけよ」

「今川家にはどの様にいたしますか」

「越後上杉家が甲斐を平定する。手出し無用と伝えよ」

「承知いたしました」

「真田幸綱、村上義清らには甲斐平定の準備と食糧提供を使い甲斐国衆達の切り崩しを始めるように申し伝えよ」

「承知いたしました」

「宇佐美定満、斎藤定信、直ちに出陣準備に入れ。直江実綱は後方支援であるがいつでも戦えるように準備は怠るな。柿崎景家は領内の治安維持を第一とせよ」

上杉晴景の命を受け、越後上杉家の重臣達は慌ただしく準備に入った。

上杉晴景が出陣の準備入ると虎千代が近寄ってきた。

「兄上、これをどうかお使いください」

虎千代が折り畳まれた旗の様なものを持って来た。

広げて見ると金文字で‘’天下泰平‘’と書かれた旗印であった。

「これこそ、兄上に相応しいものでしょう。どうかお使いください」

重臣達に‘’儂が求めるのは天下泰平の世‘’と言った。越後上杉家の銭も‘’天下泰平‘’と刻印している。

なるほど、まさにこれほど相応しいものは無いな。

「これは素晴らしい出来ではないか。ありがたく使わせてもらうぞ」

虎千代は嬉しそうな表情をしていた。



村上義清と真田幸綱は、食糧支援を使い甲斐北西部から北部の国衆を順調に調略していた。

甲斐北巨摩郡津金に築いた砦に村上義清、真田幸綱、虎豹騎軍第四軍5千名が集結していた。

砦正面には幾重にも馬防柵が作られている。

「村上殿、甲斐北西部の調略の進み具合はどの程度で」

「北西部は終わった。全て我らの味方。諏訪から甲斐に入る街道は安全だ。今甲斐南部に調略をかけているが問題は甲斐武田一門衆筆頭の穴山氏だ。晴景様が着陣するまでには難しいかもしれんな」

「こちらの甲斐北部も間もなく調略を終えることができそうだ。前回の戦いの時に武田勢が竹束を持ち出してきた。今回も竹束を出してくる可能性が高い」

「おそらく、間違いなく竹束を用意しているだろう」

「今回は口径の大きい鉄砲を多く用意してきた。竹束でも十分射抜ける。焙烙玉も十分に用意してある」

「ならば、圧倒的な火力で蹴散らせることができるな。あとは相手が一向一揆のように死を恐れぬ死兵でなければそう長い期間掛からんだろう。念のため身延山にも根回しはしてある」

「身延山がこちらにつけば、死を恐れぬ死兵は出てこないだろう。我らが飯をくれると聞けば戦わずに飯にありつこうとするだろうな」

「我らは、晴景様が到着されるまではここを守り調略をかけ続けるだけだ」

そこに津金胤時殿が来た。

「ひとつ気がかりなことがある」

「気がかりとは」

真田幸綱が聞き返す。

「武田家が同盟を結ぶ今川家、北条家が介入してくるのではないか」

「心配無用。越後上杉家と今川家は既に極秘で盟約を結んでいる。そのため今回甲斐には介入してこない。北条家は相模から甲斐へ入る街道は小山田殿が押さえている。簡単に入って来ることはできん」

「なんと、既に今川家は越後上杉家と盟約を結んでいたとは・・・」

「今川義元殿は、武田晴信から援軍依頼が来ても飢饉で手が回らんとか言ってのらりくらりと引き延ばすだろう。つまり、甲斐武田の命運は尽きている。あとはどこまで、我らにあがらうのかだけだ。今回は、晴景様が甲斐平定を明言された以上、甲斐武田家を終わらせるつもりであろう。どのみち時間の問題にすぎん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る