第96話 忍び寄る飢饉
天文8年10月中旬(1539年)
梅雨時の長雨と梅雨の終わりの暴れ梅雨の影響で全国的に凶作となり、作物の収穫量は大幅に減少していた。
地方によっては
甲斐国では、釜無川の氾濫によりさらに被害が大きくなっていた。
釜無川の氾濫と長雨による洪水の影響で、作物の収穫量が例年の半分にまで減少していた。
「信方、食料の手配はどうなっている」
「今川家、北条家に買い付けの依頼を申し入れておりますがあまり色良い返事はもらえておりません。必要量の半分にも届いておりません」
「信濃での買い付けはどうだ」
「春先の上杉晴景殿への襲撃を甲斐武田の仕業との噂が流れており、信濃の領民達から反感を買っております。そのため、信濃での買い付けはうまく行っておりません」
「信濃での買い付けは難しいのか」
「甲斐の者と分かると売ってくれません。売ってくれるとしても通常の4倍から5倍の値を言われてしまいます」
「4倍から5倍だと・・・」
「それでも売ってくれるだけマシかと。信濃では数年前より大量の食料を備蓄していると聞いております。この先、食糧の入手が厳しくなるなら、いっそのこと信濃を攻めたらいかがでしょう」
「信濃攻めか」
「戦で食糧を手に入れることも選択肢のひとつかと」
「確かに選択肢のひとつではある。だが、向こうもそのことは考えているだろう。国境の警戒は今までにないほど厳重であろう」
甲州忍び達に調べさせたが佐久や諏訪周辺の警戒はかなりのものだ。
迂闊に責めることはできない。
「春先の上杉晴景への嫌がらせは、少々高くついてしまったようだ」
「晴信様。しかし、不思議なほど上杉晴景が静かですな」
「そうだな・・・実に不気味だ」
国友に特注した鉄砲の1挺を越後上杉に押さえられた。
さらに甲斐武田が購入したことを調べ上げて知りながら何も言ってこない。
普通なら激怒して文句の一つも行ってくるはずだ。
他の大名家なら文句どころか軍勢を繰り出すはずだ。
越後上杉が軍勢を繰り出してきたら、国境の山間を利用して守りに徹して徹底的に叩くつもりであったが、肩透かしを食らったかのようだ。こちらの策を全て見抜いていたとでもいうのか。
奴はいったい何なのだ。
まるで今年の長雨や洪水を見越したかのような政策を何年も前から行ってきた。
この先、何が起きるか分かるとでも言うのか。
「上杉晴景。奴の考えていることは理解できん」
まるで奴の掌の上で踊らされているかのようだ。
今まで経験したことのない、銭を武器にして儂らを攻め立てて、さらに今まで見たこともない鉄砲という武器を使いこなす。
農民の足軽が兵の主力の中、越後上杉だけが銭雇いの兵を主力にすえて年中戦える。
軍略に絶対の自信を持つ儂がここまで屈辱的な目に遭わされるとは、奴はどこまでも儂の前に立ち塞がるつもりなのか。
「上杉晴景、奴の目にこの先の何が写っているのだ・・・」
天文9年4月中旬(1540年)
越後府中
季節は春にもかかわらず長雨が続いている。
まるで冬から春を飛ばして梅雨入りしたかのような雨の降り具合だ。
「困った長雨だな。親綱、領内で被害は出ていないのか」
「今のところ被害は出ておりません。河川の増水も起きておりません。昨年の長雨で川の水が土手を越えた部分に関しては、周辺一帯の土手をさらに積み上げております」
「分水路はどうだ」
「信濃川の土手改修工事の予定分が終わりましたので、その人員を全て分水路に振り向けております」
「各国境の状況は」
「警戒を厳重にしておりますが、今のところ攻め込んでくる兆候は無いようです」
「特に甲斐との国境は気をつける必要がある」
「承知いたしました」
「各地にて食糧が不足するところは、随時各地の備蓄庫から配給せよ。配りすぎて他国の手に渡らぬように気をつけよ」
「承知いたしました。早急に手配いたします」
直江親綱は、急ぎ手配すべく下がっていった。
入れ替わりに軒猿衆の戸隠十蔵が入ってきた。
「晴景様、お指図通り甲斐国内にて噂を流しております」
「反応はどうだ」
「噂はしっかりと広まってきております。この天候不順や大凶作は、実の父親を騙して追放した武田晴景の所業に神仏が怒っているからだと噂を流しております。特に未延山周辺の坊主や富士御師を使うと、噂話をどんどん広めてくれて助かります。彼らが甲斐の領民に噂話をすると効果的面ですな」
「どんなに疑い深くても、現実に食うのにも困っているところに坊主や御師に言われれば簡単に信じることになるか・・・しかし、よく協力してくれたな」
「彼らも食うに困っていますから、米を多少融通してやれば、我らの話を親身に聞いてくれて協力的になってくれます」
「なるほど、引き続き噂をどんどん広めよ。そして武田の動きをしっかり見張れ」
「承知いたしました」
信濃国諏訪郡、新諏訪城内。
村上義清の下を甲斐の国衆である二人の人物が訪れていた。
武川衆を率いる青木信種。
津金衆を率いる津金胤時。
「村上殿、恥を偲んでお願い致す。領民達のために食糧を分けていただけんか」
青木信種の言葉を聞いていた津金胤時も口を開く。
「昨年の長雨の影響で作物が半分も取れん。さらに今年のこの長雨。領民が飢え始めているのです」
昨年の長雨と洪水、
甲斐の国も例外ではなく、2年連続での長雨と釜無川氾濫で収穫量が激減。春の山菜もほぼ取れず、餓死者が出始めていた。
「数名分程度なら誰にも知られずにお分け出来るが、武川・津金の領民の分もとなると隠してということはできんぞ。儂も晴景様にお伺いを立てねばならん。晴景様の指示で各地の備蓄食料の管理を徹底するように申し渡されている」
「そこをどうにか」
「お二人は甲斐の国衆。まず、武田晴信殿にお願いするのが筋ではありませんか」
「分ける食料は無いと言われた」
「ならば、旗色をはっきりさせるしかありますまい」
「旗色ですか・・・」
「上杉晴景様に正式にお仕えすることを表明すれば、領民達の分を含めた食糧支援はできましょう。しかしそうなると武田晴信から睨まれ、裏切り者呼ばわりされ、攻められる可能性もあります。その覚悟はありますか」
「このままでは領民達が飢えて死んでいく。我らには上杉様にお仕えする」
「津金殿と同じく武川衆も同じく上杉様にお仕えする」
「承知した。だが武川衆には武田晴信の側近である教来石がいるが大丈夫か」
「ここに来る前に教来石家の当主とも話してきた。儂の決定に従うと言ってきている。問題ない」
「わかった。甲斐の武川衆と津金衆が正式に越後上杉家に仕えることになったことと、食糧支援について晴景様にお伝えする。時期を見て晴景様にご挨拶してもらうことになるだろう」
「「承知した」」
「儂が扱える範囲内で至急食糧を送ろう。それと場合によっては、我ら越後上杉の軍勢を武川・津金領内に常駐させることもある。承知してくれ」
「この際、はっきりさせた方がいいだろうから問題ない」
「青木殿と同じく津金も問題ない」
「すぐさま手配する。帰りに当面の支援食料とそれを守る兵をつけよう。不満が出ぬように分けてくれ」
二人は、支援食料とそれを守る赤備の兵達と共に帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます