第93話 国友村鉄砲鍛冶
天文8年1月上旬(1539年)
近江国坂田郡国友村(現在の滋賀県長浜市国友町)
国友村の鍛治職人たちは、堺の豪商天王寺屋が作る鉄砲を密かに手に入れ複製することに成功。量産体制を整え各大名に売り込みをかけ始めていた。
国友村の職人はすぐに分業体制を作り上げ、部品ごとに専門の職人を育成して、鉄砲を作る体制を作っていた。
本来の歴史なら天文13年に将軍足利義晴の依頼で鉄砲を作ることから始まるのだが、5年早く鉄砲作りが始まっていた。
国友村の鉄砲鍛冶の一人である国友善兵衛の下に一人の男が訪ねてきた。
浅黒い顔に隻眼、片足が不自由なようだ。
「山本勘助と申します。甲斐国主武田晴信様に仕えております」
「如何なる要件でしょうか」
「鉄砲を売っていただきたい」
「甲斐国主である武田晴信様の依頼ということでしょうか」
「その通りです」
「代金は1挺100貫文、代金と引き換えとなる。これは誰が相手であろうと変わらん。この条件でよければ売りましょう」
「まず、30挺お願いしたい。別に2挺特別に作って欲しいものがある。口径は同じで銃身を少し長くしたものをお願いしたい」
「う〜ん・・・より遠くに玉を飛ばしたいのはわかるが、取り扱いがより難しくなる。重くなる分持ち運びも難しくなる。意味も無くこの長さになっているわけでは無いぞ。取り扱いのしやすさや持ち運ぶことを考慮してこの長さになっているのだ。通常の長さで良いのではないか」
「長くても問題ない」
「問題ないなら構わんが1ヶ月ほど時間が欲しい。特注分は5割増しだ。それでよければ作ろう」
「それでお願いしたい」
「承知した。1ヶ月後に取りにきてくれ。代金はその時に引き換えだ」
天文8年2月中旬
山本勘助は供回りの者達と共に国友村で鉄砲を受け取り、甲斐へと戻っていた。
「晴信様、これが国友村より手に入れた鉄砲でございます」
武田晴信の前にいくつもの木箱が置かれていた。
武田晴信は近づいて木箱の蓋を開ける。
木箱の中には5挺の鉄砲が入っていた。
鉄砲を手に取ると満足そうな笑顔を浮かべている。
「勘助。特別に頼んだ鉄砲はどれだ」
「こちらに」
山本勘助はそう言うと少し大きな木箱を示した。
「開けよ」
木箱の蓋を開けると、他の鉄砲より2割ほど長い鉄砲が2挺あった。
武田晴信が手にすると、ずっしりとした重さが伝わってくる。
「やはり、他の鉄砲に比べるとかなり重いな」
「通常の物よりは長い分重いかと」
「実際、どの程度までとどくか撃ってみるしかあるまい。勘助。試し撃ちをせよ」
「ハッ・・・では、早速準備いたします」
武田晴信たちは、要害山城の奥に作った鉄砲の訓練場に移動してきた。
ここでは、出羽安東家が津軽攻略のために使用した鉄砲を戦場で手に入れ、ここに運び込み使い方を訓練していた。
出羽安東家は、津軽攻略戦に大量の鉄砲を使用して、家督を継いだばかりの南部晴政を圧倒して津軽を掌握していた。南部家はその戦いの折、戦場で数挺の鉄砲を手に入れていた。
奥州南部家は、甲斐国巨摩郡の出身であり甲斐南部家と繋がりがあり、その伝手で出羽安東家が使用した鉄砲を手に入れることが出来ていた。
通常の鉄砲は、長距離を狙うと狙い通りに飛ばない。大きく狙いを外れ、どこに飛んでいくかわからない状態であった。手に入った通常の鉄砲の有効射程距離は、半町(約55m)〜1町(約110m)程度と言われている。
1町先に人の形を模した等身大の的を用意した。
山本勘助が特注の鉄砲に火薬と鉛の玉を込める。
そして、鉄砲を構える。
引き金を引くと銃声と共に的の中心に穴を空ける。
次は、その的を2町先に用意する。
再び山本勘助が火薬と鉛の玉を込める。今度は距離があるので火薬を増やしている。
ゆっくりと構える。そして、引き金を引く。
先ほどよりも大きな銃声を響かせ、鉛の玉は的に穴を空けた。中心からは逸れたが的には当たった。
今度は3町先に的を移動させる。
再び鉄砲を構え、引き金を引く。
鉛の玉は、的を大きく外れてしまった。
もう一度、火薬と鉛の玉を込め引き金を引く。
鉛の玉は、再び的を大きく外す結果となった。
「勘助。もう良い」
「申し訳ございません」
「問題ない。少なくとも2町先は狙える。十分な結果だ」
武田晴信は腕を組み暫く思案した後に甲州忍びを呼ぶ。
「富田郷左衛門はいるか」
「ハッ、ここに」
甲州忍びの頭領である富田郷左衛門が前に進み出た。
「良いか、甲州忍びにこの特注の鉄砲を使いこなせる者を育てよ」
「承知いたしました」
「実践で使えるようになったら知らせよ」
「わかりました」
「我らも徐々に鉄砲隊を作らねばならんな」
武田晴信はそう呟くと山を降りていった。
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