第92話 未来への挑戦
天文7年11月末(1538年)
越後府中
今年は冬の訪れが早いようだ。
越後府中の城下に初雪が降り始めていた。
城下が白く染まり始めている。
信濃川河川改修と分水路の工事を指示して、10年が経過していた。
直江親綱と蔵田五郎左衛門が入ってきた。
「親綱、信濃川河川改修はどの程度進んでいる」
「信濃川河川改修の内、土手補強改修に関しては予定の約8割、分水路は予定の約4割が完成しております」
「土手の補強だけでも来年の梅雨に間に合わせたいな。可能か」
「時間のかかる分水路の作業を少し減らし、その分を土手の補強改修に振り向ければ可能かと思われます」
「そのようにしてくれ、来年の梅雨入り前には土手の補強だけでも終わらせたい」
来年の長雨に分水路は間に合わないため、土手の補強に重点を入れるように指示を出した。
土手に関してはローマンコンクリートを使い補強している。そのため、かなりの強度を持つと考えている。特に、水害が発生しやすい箇所には念入りに補強を指示していた。
来年の天文8年の長雨にどの程度耐えられるのか真価が問われることになる。
あと1年であるが、長雨の時期を考えたら実際はあと半年程度。
さらに食料備蓄は進めているが、洪水の被害は無いに限る。
「五郎左衛門。食料の買い付けはどうだ」
「ハッ、他国の米余りのところより予定の量を買い付けることができました」
「それは新しく出来上がった倉庫へ入れてくれ」
「承知いたしました」
これで、越後上杉家の支配する領内の全ての領民が1年以上生きて行けるだけの食料が揃った。飢饉がおこれば他国からの流民が出る。そこも考慮してさらに増やしていかなくてはいけない。
飢えた人間は、何をするか分からんからだ。
流民だからと食料を与えなければ村々を襲う者が出るであろう。
国境を閉ざせばいいのだが、国境を閉ざしてもそこをかいくぐり領内に入る者が必ず出てくる。
「まだ、食料を集めますか」
「可能な範囲で頼む」
「ですが、これほどまでに集めて大丈夫でございますか」
「かまわん。集めてくれ」
「承知いたしました」
後は、余計な戦乱に巻き込まれ領内が戦場になることが無ければ大丈夫だ。
他国から攻め込んでくると、敵軍の通った後は何も残らんことが多い。根こそぎ奪うからだ。
田畑は踏み荒らされ、収穫不能なまでに破壊される。
この時代の飢饉の半分は人災とも言える。貧弱な農業基盤、貧弱な輸送網、戦乱の世、為政者の無茶な重税が飢饉に拍車をかける。
まだまだやるべきことが多い。
初雪に染まる城下を見ながら、一人ため息をつく晴景だった。
相模小田原城
「武田は思ったより力にならんな」
北条氏綱は天守から城下を見下ろしなが一人呟いていた。
小田原城から見える城下は、青空下多くの領民たちが行き交っていた。
「兄上、仕方なかろう」
振り向くと弟の北条玄庵がいた。
「玄庵か・・」
「武田の弱体化は、上杉晴景が動いていたためらしい」
「わかっている。武田晴信が小山田を討つために兵を上げると、上杉は諏訪に2万もの大軍を短期間に集結させてみせた」
「信じられんほどの速さで越後から諏訪まで移動したらしい。まさに神速ですな」
「軍勢の動く速さが有り得ない速さだ。まず、普通なら間に合わないはずだ。そして情報を得る力、情報を伝える速さが凄すぎる。今川義元殿が和睦の仲介に入らなかったら、甲斐武田は終わっていた。和睦の仲介がもう少し遅ければ、越後上杉2万の軍勢が諏訪から甲斐に攻め入ることになっていただろう。武田晴信からしたらさぞかし苦渋の和睦であろうな。そして、今回の件で小山田も気を引き締めるだろうから、今後簡単に攻め込むことは出来ないだろう」
「そして、今回一番利益を得たのは今川家でしょう。形はどうであれ武田晴信に父親の件に続いてさらに恩を売り、和睦の仲介を利用して上杉晴景に接近することができた」
「どうやら、義元殿は極秘に上杉晴景本人と会談を持ったようだ」
「会談か・・・我らがその役回りをしたかったが、義元殿に先を越されましたな」
「過ぎたことを嘆いても仕方ない。我らは自らの道を突き進むまで。甲斐のことは小山田とも良い関係を持つことができたらこのままで良い。武田のみに肩入れしたとしても得るものが大してない」
「そうですな。我らは関東の覇権を握ることを目指し、そこに向かって突き進むのみ」
「昨日までの敵であろうと、自分の身内を殺した相手であろうと笑顔で手を握る者だけが、この乱世で生き残ることが出来る。己が面子にこだわる奴は消えて行くまでだ」
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