第91話 未来への祝杯
今川義元との会談を終えた上杉晴景は、諏訪頼重の居城上原城にいた。
上原城の広間では、上杉晴景の他に諏訪頼重、村上義清、虎豹騎軍第ニ・四・五軍の軍団長である直江実綱、真田幸綱、斎藤定信、そして諏訪周辺国衆が集まっていた。
「此度の甲斐国での騒動が早期に治めることができたのも、皆の力があったからこそである。甲斐の武田晴信の見込みを上回る早さで軍勢を集結できたことが大きく影響した。そのため、武田晴景は和睦するしか道が無く、甲斐の騒動を信濃に飛び火するとこを防ぐことができた。力を貸してくれた皆に礼を申す」
上杉晴景は、皆の前で頭を下げた。
「晴景様の素早い判断と行動が甲斐の騒動を早期に治め、信濃への影響を防ぐことができたのです。助かったのは我らでございます」
諏訪頼重の言葉に頷く信濃国衆。
「甲斐国はしばらくは間は、静かになるであろう。その間に守りを固めておかねばならん。いま対武田の備えとして城を築城をしている。城代には村上義清殿をおくつもりである。城が完成後には甲斐との国境の関所の守りを強化していくつもりだ」
「そうしていただければ我ら信濃国衆としても安心でございます」
諏訪頼重の言葉を聞いて満足そうな表をする上杉晴景。
「皆に頼みたいことがある」
「何でございましょう」
「備えを固めつつ、食料の増産に取り組んでもらいたい。新田開発だけでは無く、村々の空き地や耕作地で無い場所に積極的に、そば、稗、粟、最近作り始めた南瓜、さつまいもをできる限り植えてもらいたい。そして、増産した食料をできる限り備蓄してもらいたい」
「兵糧を蓄えるということでしょうか」
「それもあるが、一番の狙いは飢饉対策である」
「飢饉でございますか」
「長雨や洪水、虫害が発生すればたちまち人々は飢えてしまう。一度そうなれば多くの領民が餓死することになり、領内の治安が悪化して治めることが困難となる。飢饉対策は、越後上杉家領内で諏訪の地がまだ遅れている。他の地では既に1年以上領民を食べさせることができる食料備蓄を実現している。春先になれば多くの山菜もあるであろう。山菜の備蓄も含めて良い。できる限り急いでもらいたい」
天文の飢饉まで猶予は無い。歴史通りなら来年の天文8年に全国的に長雨と洪水、虫害により収穫が激減。翌年の天文9年に入り食料不足から全国的に飢饉が発生することになる。
本来の歴史で武田晴信が父信虎を追放したのは飢饉の翌年だ。飢饉発生を父信虎の責任にして追放することで情勢が不安定な領内をまとめた側面もあったのだろう。
父信虎を既に追放してしまった武田晴信はどうするか。流石に追放した父に責任を擦り付けることはできまい。甲斐から多くの流民が出るなら国境を閉じるしかない。こちらも自国の領民を守ることで手一杯だ。
さらに、天王寺屋と蔵田五郎左衛門に命じて、他国で米余りの所から米を買い集めさせている。
来年の秋には、鮭を含めた魚の保存食を多く作ることも考えておく必要がある。
対武田への警戒のため、しばらくの間虎豹騎軍第二軍を諏訪に止めることにして、上杉晴景は虎豹騎軍第五軍と共に越後府中に帰っていった。
上原城
諏訪頼重は、直江実綱、真田幸隆、村上義清らと酒を飲みながら話をしていた。
「直江殿、此度の諏訪までの軍勢の進軍速度は尋常ならざる速さ。通常の倍近い速さでこの諏訪に到着された。どうしてこれほど早く来れたのだ」
「頼重殿。晴景様は軍勢を如何に素早く動かすかを考えておられる。海沿いであれば上杉水軍の軍船を使い素早い移動を実現させておられる。この信濃の地では、街道整備が大きく貢献した。街道を整備してあれば軍勢の素早い進軍が可能になる。当然、兵たちを日頃から鍛えておかねばならん。兵たちが走れなければ、街道を整備しても少し早いくらいでしか無いから話にならん」
「それだけ兵を鍛えているということか」
「それだけでは無い。晴景様は、常に先を考えて手を打っておられる。飢饉対策にしてもあそこまで対策をされている大名はまずいない。皆、領地拡大と野望に満ちている。飢饉対策を考える大名はいない」
「確かに・・・」
「晴景様は、領民の生活の安定を考えておられる。そこから、軍勢の育成、新田開発、産業の育成、街道整備、水軍整備が始まり、そして全て繋がっている」
「全てが繋がっている・・・」
「そうだ。軍勢を育成して領内を安定させ、軍勢を使い新田開発。新田開発により食料を増産。食料増産により余力が生まれ、その余力で産業を起こし銭を回し、水軍整備、街道整備へと繋がることになる。そしてそれらが全てつながりさらなる繁栄に繋がっていく」
「この先、ますます繁栄していくということだな」
「この先が楽しみになってくるであろう」
「その通りだ。この先が楽しみだ。越後上杉家と我らの未来に乾杯」
盃に注がれた酒を飲み干していく四人。
四人はこのあと朝まで飲み明かすことになる。
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