第89話 風林火山‘’肆‘’

武田勢は、20本前後の青竹を束ねた竹束をいくつも作り柵のところに積み上げていた。

「津金衆はまだ来ないのか」

津金衆は北巨摩郡で信濃国佐久郡に向かう街道周辺の国衆であり、甲斐と信濃の国境の有力国衆であった。

飯富虎昌は対越後上杉での苦戦を受け、周辺国衆に支援の要請を出していた。

最も近い古宮城の津金胤時殿。

次に近い獅子吼城ししくじょうの今井信元殿。

釜無川西の甲斐北西部を領する武川衆の青木信種殿。

「いくらなんでも遅すぎる。最も近い津金衆ならとうに到着しているはずだ」

そこに家臣が戻ってきた。

「どうであった」

「津金衆は武川衆の援軍要請で居城古宮城より出陣。既に諏訪口方面に出ており、諏訪側からの越後上杉勢と睨み合っているため動けないとのことでございます」

「なんだと!諏訪側からも越後上杉勢が侵入してきているのか・・・ならば、武川衆も動けんことになる」

飯富虎昌は、越後上杉側の動きが早いことに驚いていた。越後上杉側に介入をさせないための策のはずが、逆に押し込まれてきている。

「今井信元殿が到着されました」

家臣の声に振り向くと武田家重臣の今井信元殿の姿があった。

今井信元を見た飯富虎昌はなぜかホッとした。

「今井殿、よく来てくれた」

「飯富殿、かなり手ひどくやられたようだな」

「面目無い。越後上杉は、噂に聞く鉄砲らしい武器を使っている。我らは全く手も足も出ないまま一方的にやられた」

「お主が一方的にやられたというのか」

「鉄砲という武器は恐ろしい。轟音が鳴ったと同時に甲冑に穴が空き、離れているにも関わらず人が倒れるのだ。弓矢のように飛んでくるのが見える訳でもない。槍も刀も交えずに一方的に倒される。これは我らの知る戦では無い」

「それほどだと言うのか・・・」

飯富虎昌の焦り。家臣たちの負った怪我の深さ。

今井信元は、越後上杉の強さが尋常では無いこと感じ取っていた。

「飯富殿、あの竹束はなんだ」

丸太の柵の内側に20本程度の竹を束ねた物がいくつも置かれていた。

「越後上杉の使う鉄砲を防ぐ手立てが思いつかん。いとも簡単に甲冑に穴を開けてしまうのだ。木の板では防ぐことは無理だろう。竹をまとめて束ねれば厚くなる。苦し紛れだが、もし防げたら儲け程度だな」



信濃諏訪と甲斐との国境。

村上義清率いる越後上杉勢二千と武田側津金衆と武川衆が対峙していた。

武田側津金衆を率いるは津金胤時。

津金衆の先祖は元々信濃佐久の出身で、佐久の国衆達との繋がりが深い一族であった。

「津金殿」

武川衆を率いる青木信種殿が声を掛けてきた。

「青木殿か」

「我らはこのまま事が終わるまで対峙を続けるだけだ。とても楽なもんだ」

「青木殿、あまり大きな声を出されるな。このことは、一部のものしか知らん」

「大丈夫だろう。周辺は我らの腹心たちばかり」

「我ら小さな国衆は、どう言われようとも上手く立ち回り生き残らねばならん」

「確かにそうだ。武田には越後上杉と戦っているように見せねばならん」

「越後上杉側とは話がついている。我らは佐久側の支援に向かわない代わりにここで猿芝居をする」

「青木殿、お主のところの教来石には気を付けねばならんぞ。倅が晴信殿の側近になっている」

「そこは大丈夫だ。津金殿こそ大丈夫か」

「我らが佐久との国境に行けば、佐久との繋がりが強い我らは疑われる。猿芝居ができんからこちらの諏訪側にいる方が助かる」

「今回、村上殿と真田殿を通じて少し手を貸しておけば、越後上杉にせよ武田にせよどっちが勝っても問題ないだろう」

「甲斐国内の決着はまだ暫くは決着はつくまい。晴信殿は、騙し打ちのような真似で信虎殿追放などせずに、機が熟するまで腰を落ち着け待つべきであった。そうすればここまでの騒動にならなかったであろう」

「親子でありながらお互いを猜疑心の目で見ていたのだ。いつかは抜き差しならぬ事になっただろう。それが早いか遅いかの差でしかない。ただし、そこに巻き込まれる国衆は迷惑でしかないが・・・」

「まったくだ」

二人は、村上義清率いる越後上杉勢を見つめていた。



真田幸綱の下に物見が戻ってきた。

「幸綱様、武田勢はここより四里ほど先で丸太で柵を作り、柵の後ろに大量の竹束を用意しております」

「竹束だと」

「20本程度の青竹を束にしたものでございます」

真田幸綱は、主である上杉晴景に言われていた言葉を思い出していた。

虎豹騎軍の軍団長にだけ話されていた事で、簡単に手に入るもので鉄砲を防ぐには竹束が効果的だと言われていた。相手が竹束を出して、その状態でこちらの攻撃を通すには、鉄砲の口径をより大きなものを使用するか、焙烙玉で燃やすか爆破するしかない。あとは今まで通り刀や槍で戦うしかないと言われていた。

今持ってきている鉄砲は口径が小さいものだ。二匁半の口径では竹束は難しい。

竹束を打ち破れるほどの口径の大きな鉄砲は、佐久城に戻る必要がある。

焙烙玉は持ってきた量が少ないため残りが少ない。

どうしたものか、犠牲を覚悟で数でゴリ押しをするか。幸綱は暫く考え込んでいた。

「幸綱様」

「利助、どうした」

幸綱配下の真田忍びが急ぎ幸綱の下にやってきた。

「関東管領山内上杉様と今川家が武田と小山田の争いに和睦を仲介されるそうです」

「和睦が成立するのか」

「双方ともに受け入れる方向のようです」

「和睦についてさらに調べよ」

「ハッ・・承知しました」

「全軍、暫く様子見だ。本当に和睦が成立なら引き上げる事になる。念のため、焙烙玉の追加を持ってこさせよ」

「承知しました」

この後、越後上杉と武田の睨み合いが続くこととなった。

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