第88話 風林火山‘’参‘’

信濃国佐久郡と甲斐を繋ぐ街道は、甲斐から大軍が攻め込みにくくするために、真田幸綱が街道を狭く作り変えていた。

今回は、逆にそれが仇となり軍勢を一気に甲斐へ送り込むことが出来ないでいる。

真田幸綱は多くの物見を放ち、進路上で伏兵がいないかを確認しながら進んでいた。

「やれやれ、守りを重視したあまり、我らも攻めこみにくくなるとは・・・」

「兄上、そこは仕方ないのではありませんか」

「それはそうだが・・・」

真田源次郎の言葉に幸綱は渋い表情をする。

「幸綱様」

真田忍びの利助が幸綱の下にやってきた。

「利助どうした」

「この先、武田領内に入ると少し開けたところがございます。そこの両側の雑木林に武田の伏兵がおります」

「どれくらいだ」

「両側合わせておよそ百名。街道の先には五百名」

軍勢は真田幸綱側が圧倒的に多いが、街道が狭く大軍を展開できない。

「我らを先に進ませないつもりか・・・」

真田幸綱は進軍を一旦やめ、山岳戦を得意とする者達を呼び寄せた。

「二手に別れ、左右の山中を進め。武田の伏兵を発見したら背後から焙烙玉を投げ込め」

命を受けた者たちが山中に姿を消して、暫くしてから進軍を開始した。

やがて、伏兵がいると報告があった場所が見えてきた。

既に全員が臨戦体制である。

手前で進軍を止める。

伏兵がいると言われている場所で爆発が起きた。

武田勢の伏兵が潜んでいる後ろに回り込んでいた虎豹騎軍が、一斉に大量の焙烙玉を次々に投げ込んでいた。

次から次へと大爆発が起きる。同時に伏兵の叫び声が響き渡る。

街道にいる虎豹騎軍は、爆発が治まったタイミングで飛び込んでいく。

武田の伏兵は一気に崩れ去り、逃げ出し始める。

伏兵が逃げ出した街道の先からは、新手の武田勢がこちらに向かってくる。

「鉄砲隊用意!」

真田幸綱の指示で素早く鉄砲隊が構える。

「撃て」

轟音と共に鉄砲が火を吹く。

鉄砲の鉛の玉が武田勢の甲冑を撃ち抜いていく。

越後上杉虎豹騎軍の鉄砲隊は、休む事なく次々に鉄砲を撃ち続ける。

「撃ち方止め!長槍隊行け!」

真田幸綱の指示で越後上杉虎豹騎軍の長槍隊が槍先を揃えて突っ込んで行く。

鉄砲の連続射撃で総崩れとなった武田勢に越後上杉の長槍が襲いかかる。

越後上杉勢の攻勢の前に、武田勢は前線を維持できず一斉に退却を始めた。

「深追いをするな!」

逃げる武田勢を追いかけようとしていた兵達は、真田幸綱の指示を聞き深追いを止めた。

真田幸綱率いる虎豹騎軍第四軍は、隊列を整え再び進軍を開始した。



真田幸綱率いる越後上杉虎豹騎軍第四軍の攻撃に、総崩れとなった武田勢は飯富虎昌が率いていた。

飯富虎昌は伏兵の策である程度戦えると思っていたが、伏兵が謎の爆発で総崩れとなった。

救援に駆けつけたら目に見えぬ攻撃で味方が次々に倒れていく。

あれが噂に聞く鉄砲なのか。

ならば、爆発は焙烙玉と言われるものに違いないだろう。

鉄砲の攻撃の前になす術も無く武田の精鋭が倒されていく。

倒れた者たちは甲冑にいくつもの穴を空けられ、そこから血を流している。

飯富虎昌はいくつもの戦に出てきた。

だが、今まで経験したどの戦にも当てはまらない。全く新しい戦だ。

それを目の当たりにして初めて恐怖を覚えた。

退却を始めて暫くして、越後上杉の追撃に備え軍勢をまとめ様子を見る。

「どうやら、追撃は無いか・・・」

深追いをして来ないようだが、越後上杉は進軍を止めることは無いだろう。

だが、このままでは我らは太刀打ちできん。

「とりあえず、後詰めの500名がいる砦まで下がるしかないか」

砦と言っても、急造の柵をこしらえた程度だ。

ただ、柵は太い丸太を使い簡単に壊されないように作っている。

その柵を二重に作っていた。

そこでなら、まだ粘れるはずだ。

越後上杉勢の進軍をある程度止められるはず。

簡単に奴らを通すわけにはいかん。

だが、このままでは持ち堪えることができ無いかもしれない。

満身創痍の飯富虎昌率いる武田勢は、急造の砦に到着した。

「柵に何か打ち付けておかなくては、鉄砲の攻撃を防ぐ事はできんだろう。どうしたら・・」

「飯富様、厚い木の板ではどうでしょう」

「甲冑を貫通するのだ。そんな木の板程度では簡単に穴があくだろう」

「ならばあの竹を束ねたらどうでしょう。20本から30本程度束ねたらかなりの厚さになります。しかも取り扱いがしやすいです」

家臣が指し示す所には、青々とした竹林があった。

「竹か・・・駄目かもしれんがやってみる価値はあるか。よし、竹を20本程度束ねたものをいくつか作れ、急げ!越後上杉勢が来る前に作れ」

武田勢は急ぎ竹束を作り始めた。



諏訪頼重居城上原城

上杉晴景率いる1万の軍勢が城下で休んでいた。

通常の半分近い日数で諏訪の地まで駆け抜けてきた。

鍛え抜いた精鋭といえども疲労は隠しようが無く、昼間にもかかわらず皆泥のように眠っていた。

上杉晴景も休みたかったが、それよりも情勢の確認と今後の方針を決める必要があった。

上原城広間には、諏訪頼重と村上義清が待っていた。

「情勢を聞きたい」

「では、この村上義清が説明いたします。武田晴信は足軽主体の軍勢を率いて小山田領に向けてゆっくりと進軍。武田の主力部隊は、二手に分かれ甲斐北部の制圧と上野国との街道の制圧に乗り出しております。甲斐北部は、ほぼ半分を制圧したと思われます。佐久からは真田幸綱殿が出陣され、数は圧倒しておりますが、武田側は狭い山間を巧みに利用して守りに徹しております。さらに竹束を用意し出して鉄砲を防ぐ手立てをしているとのことでございます」

「小山田殿と武田晴信はまだ直接戦っていないのか」

「まだ、直接戦っておりませぬが甲州忍びと思われる者達が、夜間小山田領内に火をつけて回ったとのこと」

「なるほど、自ら囮となり甲斐北部と上野国との街道を押さえることが目的か。この二つを押さえたら時間を掛けて小山田を切り崩して弱らせるつもりだな」

「甲斐の諏訪側を守る武川衆と津金衆からは、戦となれば我らに協力するとの返事を得ております」

「わかった。兵を丸一日以上は休ませなければ戦ができん。2日後の昼に準備出来しだい甲斐へ進軍する」

「「承知いたしました」」

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