第80話 越中の乱‘’終結‘’
安養寺御坊と瑞泉寺との間で戦が始まっていた。
典膳と名乗った僧兵は大きな薙刀を振るい次々に敵を打ち倒していく。
「卑怯者ども、今度は騙し討ちか!」
近寄った者達は次々に切られていく。
その様子を見た安養寺御坊側の僧兵が叫ぶ。
「貴様らこそ卑怯な真似をやりおって!弓を用意しろ。矢を放て」
安養寺御坊側兵達は、弓矢を用意して典膳に一斉に弓矢を放つ。
多くの矢を体に受けて倒れる典膳。
「よし、倒れたぞ!行け」
お互いに相手に非があると非難して一歩も引かぬ凄惨な戦いが繰り広げられている。
そんな中、越中の領民に一つの噂が流れ始めていた。
安養寺御坊と瑞泉寺の者達を揶揄する噂である。
高い寄付(年貢)を取り立てていたのは、御仏をダシにして自分達が贅沢な暮らしをする為だと、越中の農民達を奴隷のようにしか考えていない。そんな噂があっという間に広まった。
その噂も加わり、国衆と領民で安養寺御坊と瑞泉寺、そこに連なる本願寺に協力する者達はいなくなっていた。
安養寺御坊と瑞泉寺は、果てしない消耗戦の結果、両者ともに戦う力をほぼ失う結果となった。
安養寺御坊の一室で、実玄と寺島職定は疲れ切った顔をしている。
安養寺御坊と瑞泉寺の戦いの発端となった事件を調べる前に戦いが始まり、周囲の国衆や農民の協力が得られないまま僧兵のみの戦いとなった。
そして、お互いに戦力だけを消耗する結果となり、戦う力を失い自然と休戦状態となっていた。
「どうしてこうなった」
実玄は力無く呟いた。
「こっちが聞きたい。あっという間に瑞泉寺と戦が始まり、儂らも巻き込まれた。何がどうなっているのだ」
「わからん・・・わからんのだ。なぜ、戦になったのか、わからんのだ」
部屋の中は重苦しい空気に包まれていた。
重苦しい静寂を破るように坊官の一人が部屋に入ってくる。
「一大事にございます」
「何が起きた」
「越後上杉の軍勢八千がこちらに向かっており、間も無くこちらに到着するかと思われます」
「上杉の軍勢だと!!!」
「はい、間違いございません」
実玄は目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。
瑞泉寺との戦いで消耗し、多くの僧兵を失っていた。もはや戦う力は残っていない。
安養寺御坊は寺と言うが実際は城である。門を固く閉ざして籠城するしか手がない。
安養寺御坊に向かっているのは、宇佐美定満を大将とする越後上杉虎豹騎軍第一軍と越中国衆。
そして、瑞泉寺にも軍勢が向かっていた。
柿崎景家を大将とする越後上杉虎豹騎軍第三軍と越中国衆の八千である。
柿崎景家の第三軍も瑞泉寺の包囲を終えようとしていた。
安養寺御坊は宇佐美定満率いる八千の軍勢に完全に包囲された。逃げ道は完全に塞がれた。
上杉勢を見ていると何やら金属製の大きな筒をいくつも出してきて、何やら詰め込んでいる。
暫くするといきなりその大きな筒から轟音と火が噴き出すと同時に城門が吹き飛んだ。
そして、次々に城門周辺が爆発して吹き飛んでいく。
安養寺御坊に立て篭もる僧兵や上杉側の越中の国衆は何が起きているのか分からなかった。
轟音が鳴り渡ると同時に安養寺御坊で爆発が起こり、門や建物が吹き飛んでいく。
僧兵も越中の国衆もただ見ているしかなかった。
初めて目にする光景にであり、皆足がすくんで動けなくなっていた。
やがて轟音が収まり、煙が風で流されていくと破壊された安養寺御坊が姿を見せた。
安養寺御坊は、すでに城として、建物としての姿を止めていなかった。
実玄は思い知らされた。
力があまりにも違いすぎる。とんでもない相手だと。
なぜか実玄は一人、上杉勢に向かいゆっくりと歩き始めていた。
何か思惑があるわけでもない。なぜか自然に歩き始めていた。
時が止まったかのようにその場の全ての者達が実玄の動きを見ていた。
息を凝らし、どうなるのか見つめていた。
実玄は上杉勢の陣営直前まで来ると声を上げた。
「安養寺御坊の実玄と申します。大将にお目通り願いたい」
宇佐美定満は陣営の前に出てきた。
「越後上杉家直属軍、虎豹騎軍第一軍を預かる宇佐美定満でござる」
「実玄と申します」
「一人で伴も付けずこちらに来られたのは如何なることで」
「安養寺御坊は上杉様に全面降伏致します。願わくばこの身の処罰だけで他の者達をお救いください」
そう言うと実玄は頭を深く下げた。
宇佐美定満は安養寺御坊攻めで敵の仕置きを含めた全権を与えられている。
今後の憂なくするために、敵将を討ち取るつもりであった。
だが、安養寺御坊側からの反撃が一切無いまま越中の国衆の目のある中で、自らの処罰で他の者達の助命を願い出られては、下手な処罰ができない。少なからず門徒の国衆もいる。この先の越中の安定を損なう恐れもある。
宇佐美定満は悩んだすえ、直ちに晴景に処罰の是非をどうすべきか使いを出し、安養寺御坊を武装解除の上、中にいたものを一箇所に集めることにした。
翌日夕刻近くになり、上杉晴景が自ら安養寺御坊にやってきた。
上杉晴景の前に実玄が連れて来られた。
「実玄と申します。お目にかかれて光栄でございます」
「自らの処分のみで他を救って欲しいと聞いたが間違いないか」
「その通りにございます」
真っ直ぐにこちらの目を見つめている。
此奴は自らの命を使い、儂を試しているのか。
裁定次第では、越中の領民や国衆に悪影響を与える。
生かしても殺してもどう転んでも悪影響はあるか。
徹底抗戦なら殺すこともできたが。
「なかなか食えん奴よ」
実玄は少し笑い。
「ご冗談を、なんの力も無い坊主で、吹けば飛ぶような身でございます」
「わかった。処分を伝えよう」
実玄は表情を引き締める。
「安養寺御坊は破却。越中に住み続けたいなら寺を一つ与えよう。ただし、今後一揆の先導をせず、越後上杉家に忠節を誓う。この二つを誓い、越中の国衆、領民にそれを広く公表することが条件である。嫌ならば越中から追放とする。選ぶがいい」
「私を殺さないのですか」
「死にたいならそうしてもいいが、それはそれで面倒臭いことになりそうだ。儂は元々面倒臭いことが嫌いな性分だ」
「やれやれ困ったお方のようだ。上杉に殺されることで永遠に名を残そうと思いましたが、それはできないようですな」
上杉晴景と実玄。なぜか二人とも笑ってる。
「この実玄。これより上杉晴景様に生涯忠節を尽くさせていただきます。今後一揆を扇動することはございませぬ。わが意に従わないものは追放でお願いいたします」
「越後上杉家でなく儂にか」
「はい!」
「やれやれ、時どきお主と同じことを言う者がいる・・・わかった。いいだろう」
「越中に関することや門徒に関してお困りでしたらいつでもお声をかけてください」
「わかっった。期待しているぞ」
瑞泉寺の方も実玄と同じ処分とし、従わないものは追放とした。
神保長職は、寺島職定の独断に困りきっていた。
あれほど一向一揆に関わるなと言っておいたはずが、裏で勝手に一揆を扇動しようとしていた。
上杉家により一向一揆の目は完全に潰されてしまい、実玄殿は上杉晴信殿に忠節を誓うと表明されている。
越中の国衆は自分以外はすでに上杉晴景殿に挨拶をしている。
寺島職定を処断しようとしても問題の寺島職定は、すでに逐電して行方知らずとなっていた。
神保家を守るためにも行かねばなるまい。
皆を守るために腹を切らねばなるまい。この命と引き換えに皆の命の助命と家名を残していただけるようにお願いするしなないだろう。
ゆっくりしていれば上杉晴景殿は越後に帰ってしまわれる。
そうなったら神保家は永遠に敵対勢力との烙印を押されてしまう。
行こうとして立ち上がったところに、家老の
神保家は二人の家老がいたが、寺島職定が逐電したため家老は小島職鎮だけとなっていた。
「どうした。時間がない。急ぎ、上杉晴景様に会いに行かねばならん」
「その上杉様がお越しです」
「はっ?・・・こんな所に来るわけがないであろう」
「本当です。本物の上杉晴景様が当屋敷においでになりました。広間にてお待ちです」
急ぎ広間に向かうと十人ほどの男達がいた。
広間中央奥に一人の若者が座り、左右に家来衆と思われる者達が座っている。
神保長職は少し前に進んで座り、頭を下げた。
「わざわざ当家においでいただきありがとうございます。神保家当主神保長職にございます」
「上杉晴景である」
「・・・一つお願いがございます」
「なんだ。言ってみろ」
「此度の騒動。神保家当主として知らなかったとはいえ、家老である寺島職定が起こしたのは事実でございます。寺島職定はすでに逐電して行方しれず。処断もできぬ状態でございます。かくなる上は、私が腹を切ることでお許しください。その代わり嫡男に神保家を継ぐことをお許しください」
「長職殿、腹を切る必要は無い。神保家の所領は安堵を約束しよう。家老の寺島職定の勝手な行動であることはすでにわかっている。実玄殿はそう言っている。長職殿には越中の繁栄と平和のために儂に力を貸してもらいたい」
「よろしいのですか!」
「儂に力を貸せ」
「ありがとうございます。これより上杉家のために忠節を尽くします」
神保長職は深々と頭を下げるのであった。
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