第79話 越中の乱‘’踊らされる者達‘’
安養寺御坊の実玄は苛立ちを募らせていた。
「なぜ、農民たちが指示に従わぬ。越中を我らの手に治める事が出来るかもしれんと言うのに、なぜだ・・・」
苛立ちのあまり独り言を呟いていた。
そこに、農民や国衆を説得に出向いていた坊官の一人が戻ってきた。
実玄は信頼できる自らの近習とも言える坊官たちを各農村や国衆の説得にあたらせていた。
「おお、戻ったか・・どうであった」
「申し訳ございません。農民たちも国衆も全く我らの話を聞いてくれませぬ」
「なぜだ・・・」
「農民たちは話を聞くどころか顔も合わそうと致しませぬ。国衆の当主は居留守を使うものが多く、顔を合わせたものは都合が悪いと言うばかり」
「何が起きている・・・他に農民たちや国衆に何か変わったところはなかったか」
「・・そういえば・・農民たちの暮らし向きが妙に豊かになっているように思われます」
「豊かになっている?・・・どのように豊かになっているのだ」
「皆、着ているものが青苧の上等なものになっております。さらに真新しい茶碗。中には米飴を子供に与えているものもおりました」
「なんだと・・・農民にそんな事ができるわけが・・・」
「いえ、間違いございません」
「どうやって手に入れたと言うのだ」
「そ・・それは・・・」
その時、別の坊官の一人が入ってきた。
「実玄様、婦負郡の寺島職定殿がお見えです」
「ここに通せ」
暫くして、寺島職定が入ってきた。
「寺島殿、農民も国衆も誰も動かん。何が起きている」
「おそらく越後上杉のせいだ」
「何を言っているのだ。武士である国衆ならまだ分かる。だが、越中の農民が越後上杉に肩入れする訳が無いだろう。ありえん」
「その、あり得ん事が起きている」
「・・・・・」
「神通川沿いに越後上杉が城を作っているの話は聞いているか」
「東西南北が15町もある巨大な平城が、半年足らずで出来上がったとか言う、馬鹿げた話ならば聞いているが」
「それは、本当だ」
「何を言っているのだ。どう考えても数年はかかる。半年足らずで、できるはずが無いだろう」
「できるはずが無い城が出来上がっている。儂は、神通川の反対岸でこの目で見てきた。すでに巨大な城が出来上がっている。いままで見たことも無い巨大な城が既に存在している」
「ならば、越中の農民とそのありえん巨城とどう繋がるのだ」
「越中の農民は、東側も西側も関係なく城の普請にかなりの高待遇で雇われたそうだ。さらにその高待遇を伝え聞いた越中中の農民が殺到した。そして殺到した全ての農民達を高待遇で雇いれたそうだ。越後上杉は‘’天下泰平‘’とか言う独自の銭を使っている。その銭でかなりの額が払われるらしい。城の周りにはその銭を目当てに商人達が店を作り、色々なものを格安で売ってくれる。農民達は稼いだ銭でその格安なものを買い込み村に持ち帰る。さらに稼ごうと城の普請に来て稼ぐことを繰り返している。さらに問題なのは、農民達が育てた米や作物を城に持っていくと買い取ってくれる。農民達が越後上杉を相手にして物の売り買いで銭を稼ぐ事ができることを覚えてしまい、豊かな生活を覚えてしまった」
実玄は寺島職定の話を聞いていて、一つだけこれが原因であったとわかった事があった。
農民達が安養寺御坊に出す寄付(年貢)が極端に減ってきていた。
寺島職定の話を聞いて、安養寺御坊への寄付(年貢)を越後上杉に売っているに違いないと確信していた。
「大変でございます」
坊官の一人が慌てて飛び込んできた。
「どうした」
「瑞泉寺の僧兵がこちらに押し寄せて来て、門前で我ら安養寺御坊の僧兵と睨み合いになっております」
実玄は慌てて門前に行くとまさに一触即発の状態であった。
「待て、待て・・・」
「実玄様、危険です。お下がりください」
「何があったと言うのだ」
「瑞泉寺の僧兵が難癖を付けているのです」
難癖と言われ、瑞泉寺の僧兵はさらに怒りをぶちまける。
「難癖とは何だ、難癖とは。我らの仲間を切り殺しておいて知らぬとは言わさんぞ。我らの仲間を殺した奴を渡せ」
「そんなことは知らんと言っているだろう。そもそもそんなことをするはずが無い」
「農民達が見ていたぞ。間違いなくこの安養寺御坊にいた僧兵だと言っているぞ」
実玄は、こちらでも調べることにしてこの場を収めることにした。
「安養寺の実玄である。すまぬがこちらも状況が分からぬ。我らもこれから調べる故、今日は引いてもらいたい」
「典膳と申します。・・・実玄様がお約束いただけるならば一旦引きましょう」
典膳と名乗った僧兵は一際大きな薙刀を右手に握りしめて帰って行った。
一刻ほどしたら典膳と名乗った僧兵が一人でやってきた。そして、突然門前にいた僧兵に斬りかかり、僧兵を斬り殺すとすぐさま逃げて行った。
暫くすると安養寺御坊門前にて怒り、敵討ちに討って出ようとする僧兵達の一団がいた。
その様子を木々の影に隠れて遠くから見つめる影があった。
典膳と名乗った僧兵であった。いきなり顔を剥がすような素振りをすると、そこには軒猿衆伊賀忍者で、伊賀随一の変装の名人と呼ばれる山田八右衛門がいた。
「ククク・・・上手くいった。これで全ては手はず通り。これで安養寺御坊と瑞泉寺は犬猿の仲となり協力することは無くなる」
山田八右衛門はそう呟くと姿を消していた。
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