第78話 越中の乱‘’奇策‘’と‘’愚策‘’

富山城の築城は、信じられない速さで進んでいる。

通常この大きさなら数年を要するが、晴景が求めた期限は一年である。

さらに、外回りなど外周部分は年内と言われていた。

但し、内側から工事できる部分は、期限よりも遅くなっても良いと言われていた。

とにかく、外から見える部分をしっかりと作りながら急ぐことを求められていた。

二重掘りの掘削や資材搬入などには、越中の農民たちを集めて使っている。東側だけでは無く、敵対している西側からも農民たちをどんどん呼び込んでいる。

条件も良く、銭もすぐに払ってくれる。さらに毎日飯や酒を出してくれる。

銭は、この手の工事としてはかなり割増された金額だ。

築城現場には、その銭を目当てにした商人たちが簡易的な店を出して商売をしている。

商人は、商売するために上杉家と椎名家に税を払う。

その銭は再び築城現場にて使われる。

農民たちを取り込むためもあり、飯を出し、酒を振る舞い、日当を支払う。

そして一緒に働く、越後からの者たちから上杉家の良さを飯を食いながら、酒を飲みながら聞かされ、やがて越後と越中の垣根が低くなっていく。そして、上杉様でも良いじゃないかと言う声が少しづつ生まれてくる。

「こんなにいい条件の普請工事は初めてだ。たらふく飯は食える。酒も出る」

「そうだよな〜。流石は上杉様だ。上杉様の領地の農民はみんな豊からしいぞ」

「俺もその話を聞いたぞ。越中の東は、儂ら西側の村々よりも年貢が1割以上安い。さらに農閑期の仕事もくれるらしいから実施的に年貢が2割以上低いことになるらしいぞ」

「本当かよ」

噂話をしながら、露天の店を物色している農民たち。

今日、久しぶりに村に帰る男たちは、稼いだ銭で色々買い込んで行く。

晴景は、茶碗、湯呑み、魚の干物、猪や鹿肉の味噌漬け、豆炭、生薬、米飴、青苧の反物などをあえて割安にさせて大量に売り込ませている。

農民たちは、築城工事で手にした銭を使い店から商品を買い、買ったものを村に持ち帰る。

そして、農民たちの暮らしが急速に豊かになっていく。越中の東も西も関係なく、越後上杉が持ち込んだ商品と銭がどんどん広まっていく。

人は豊になると豊さを失うことが怖くなる。豊さを失いたくないと強く思うようになる。

さらに、越中西側の農民は、工事で一緒になった越中東側の農民の年貢が自分達よりも安いことに驚いていた。

それは、農民だけではなく土豪と呼ばれる国衆たちも同じであった。

一人、また一人と越中の国衆たちは、引き寄せられるように自ら足で晴景の下に挨拶に訪れるようになっていた。



天文6年9月下旬(1537年)

神保長職の家老寺島職定はある疑念を抱いていた。

農繁期になり、富山城の築城で働いていた越中の農民は皆自分の田畑に戻った。

当然、越後上杉の軍勢も半分以下になるものと思っていた。

しかし、越後上杉の軍勢は減るどころか逆に増えてきていた。

「まさか・・・本当にあの全ての軍勢が銭雇いなのか」

腹心とも言える家臣が口を開く。

「越後でも刈り入れが始まっているとのことです」

「なら、なぜ越後の兵は帰らんのだ、なぜ増えているのだ」

「田畑に縛られない。つまり銭雇いということかと思われます」

「銭雇いなのになぜあれほどに士気が高く、なぜあれほど多くいるのだ」

「それは・・・私にはわかりかねます」

寺島職定は、焦り始めていた。当初の計画では、農繁期になれば越後勢の半分以上、おそらく8割近くが越後に帰ると見ていた。そして、越後に帰ったらすぐには越中に来れない。その隙を狙おうと考えていた。

だが、実際には減るどころか増え始めていた。

この時代の普通の大名家の軍勢を考えたら、農繁期であれば農民兵の足軽は農村に返さなければならない。これは全ての大名家・国衆にとっては常識であった。

越後上杉勢の主力は、ほぼ銭雇いの兵。田畑に縛られない。年中戦える。

越後上杉はこの時代の常識に反する非常識な存在であった。

すでに安養寺御坊には手を回して実玄殿も承知され準備が始まっている。

「安養寺御坊の方はどうなっている・・・」

「・・実は、安養寺御坊側から手勢が集まらぬとの声が出ております。農民たちが全く動かぬそうです」

「何・・・なぜ・・なぜ安養寺御坊の手勢が集まらぬのだ」

「それは分かりませぬ。安養寺御坊は手勢が集まらぬとしか申しておりません」

「国衆たちはどうだ」

「・・・実は、国衆も全く動いておりません」

国衆も農民も動かぬ。さらに越後上杉が築城している城は信じ難い速さで出来上がっていく。

わずか4ヶ月にもかかわらず、二重の堀は完成しており、外周部分の曲輪や櫓は完成しているように見える。天守も出来上がりつつある。

「儂は悪い夢でも見ているのか・・・」

その時、寺島職定はあることに気がつく。

反上杉の反乱の呼びかけをしているのは、自分と安養寺御坊。

主である神保長職や国衆も農民も全く動いていない。この状態で自分達の動きが越後上杉に知れたら真っ先に討伐対象になる。

寺島職定は目の前が真っ暗になるような気がした。

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