第81話 新たな越中
天文6年10月中旬(1537年)
富山城は外から見た限りは完全に完成しているように見える。
しかし、天守、本丸、小天守は内部工事中の真っ最中だ。
二の丸は、一部がかろうじて使える。
完全に使えるのは三の丸ぐらいだ。
未完成な状態だが、守りに関しては問題ないように仕上げてある。
そんな富山城三の丸の一室に上杉晴景を中心に、虎豹騎軍軍団長三名と椎名長常、神保長職、実玄らが集まっていた。
「今日、皆に集まってもらったのは、今後越中における政策について、皆に話しておこうと思ったからだ」
越中の三人である椎名長常、神保長職、実玄らは緊張した表情をしている。
「まず、この富山城城代に我が弟の長尾景康をあてる。皆で協力して盛り立ててやって欲しい」
「「「承知いたしました」」」
越中の三人は同意して頭を下げる。
「では、具体的な政策に関してだ。農業政策だが、積極的に新田開発を行う。新田の一部は農民に払い下げても良い。大部分は公田として扱う。水田に使えない荒地などには稗・粟・そばを積極的に植えてくれ。さらに、新たに手に入れた作物である‘’南瓜‘’、‘’さつまいも‘’なども栽培してほしい。そして、飢饉への備えとしてできる限り食糧の備蓄をしてほしい」
「飢饉への備えでございますか」
「長常殿、そうだ飢饉への備えだ。人々が油断した頃にいつも飢饉がやってくる。日頃から備えておくことで、飢えて死ぬ者が出ないようにしたい。領民を飢えさせないようにしたい。越後や信濃ではすでに飢饉への備えとして、各地で食糧備蓄を始めている」
「越後や信濃では備蓄を始めているのですか」
「作物が全く取れなくとも、領民全員が1年間食いつなぐことが出来る量を目指している」
「それは素晴らしい」
「実玄殿、そう言ってもらえると嬉しいな。だが、これから始めるのだ。気を引き締めて進めねばならん。そして、食糧備蓄が進んだら、この越中で薬草の大規模栽培と薬の製造を行おうと考えている」
「薬草と薬でございますか」
「長職殿、越後府中では薬草園を作り、多種多様な薬草を栽培している。その中には海の向こうの大陸から手に入れた薬草も多い。そして、試験的に高麗人参の栽培を進めている。多種多様な薬草の中で越中にあったものを栽培してもらうつもりだ」
「「「承知いたしました」」」
「薬草と薬は将来の越中の産業になると考えている。さらに、漆器と蝋燭も考えている。これらは準備が整ったものから随時広めていこう。そうすれば、領民の生活も安定するであろう。それと、河川改修を進める必要がある。川が溢れて洪水となれば作物は取れず、家々は流され領民が困窮することになる。これも早いうちから手を打つことで被害を最小限に抑えることができる」
晴景の説明に三人は驚いていた。
「良いか、己の小さな面子や誇りに拘っている時では無い。皆が勝手なことをしているとこの越中は困窮していくことになる。くだらん面子や誇りはたった今全て捨てよ!良いな」
「「「ハッ!」」」
「後日、弟の景康と共にこれらの政策に詳しい者達を寄越す。皆でよく話し合い実行してもらいたい。頼んだぞ」
晴景は、そう言うと部屋を出ていった。
部屋に残った椎名長常、神保長職、実玄ら三人は今後のことを話し合っていた。
「しかし、ここまで将来を見据えた手段を考えておられたとは、やはり唯の大名ではないと言うことだな」
「長職殿、我ら国衆とは違うと言うことだ。飢饉で領民を飢えさせないようにしたいと言われた。我らではとても言えない言葉だ」
戦いに明け暮れていた自分達では言えない言葉である。心の中では思っていても、仕方のないことだ、こんな世の中だからと、分かっていても分からないフリをしていたのかも知れない。
「領民に対する情が深い方なのであろう。領民を人とも思わぬ大名達、我欲の塊のような大名達の中、晴景様の言葉に将来の希望を見た気がする」
「実玄殿」
「私はこの腐り切った世の中は、一揆でしか変えられないと思っていた。だが、晴景様は賭けてみたいと思わせるお方だ」
「長職殿、実玄殿、我らはお互いに刃を向け合った仲だが、こうして晴景様の下で仕えることになったのだ。共に晴景様を支え力になろうではないか」
長職と実玄は頷き、新たな越中の時代が始まろうとしていた。
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