第75話 機先を制する
南の信濃国は暫くは安泰だろう。
甲斐国は二つに分裂。当分、決着はつかないだろう。
お互いに消耗して他国に手を出す余裕はあるまい。
武田には、今川と北条。小山田には関東管領と我ら越後上杉。それぞれ後ろ盾がいる。
お互い後ろ盾がいる以上、勝手に手を結ぶこともできん。
せいぜいお互いに消耗してもらうことにしよう。
その間に、信濃国の備えと領地開発をしっかり行うことにする。
「兄上〜。悪人の顔をしております」
いつもの様に虎千代と囲碁をしているところで考え事をしていたら表情に出てしまった。
いかん、虎千代に前ではよき兄でありたい。
気をつけよう。
「すまん、すまん。将来の政務や軍略について考え事をしていた」
「どのような策でございますか、聞かせてください」
そんなに目をキラキラさせて聞かれても困るんだよな。
見方によっては卑怯と言われるかもしれん事ばかりだ。
自分は軍神上杉謙信のように正面から敵を倒していく訳じゃ無いからな。
「虎千代にはまだ早い、ほら、お迎えがきたぞ」
広間の入り口には林泉寺住職である
その姿を見た虎千代は、この世の終わりのような表情をした。
「・・虎千代は・・とても・・とても忙しいのです」
「今日は林泉寺で勉学に励む日でございます。何が忙しいのですかな」
天室光育殿は、にこやかな笑顔のまま虎千代を見つめている。
「・・色々忙しいのです・・・兄と戦っております。戦いを途中で止める訳には・・・」
「それは、そのままにしておけば後でもできます」
「・・・兄上から生きた軍略を学ばねば・・・」
「まずは、本から基礎を学ばねば何も理解できません。時間がありません行きますよ」
そんな上目遣いでこっちを見ても無理だ。諦めてもらうしかない。
「虎千代、諦めよ。まず、しっかり学べ」
許せ虎千代。近頃、お前の勉学の邪魔をすると俺が志乃に睨まれる。
誰にでも、それぞれ勝てないものがあるのだ。
宇佐美定満と柿崎景家がやってきた。
「「お呼びと聞き、参上いたしました」」
「よく来てくれた。二人に頼みたいことがある。越中に城を築こうと思う」
「越中に城でございますか・・なぜでございます。今越中は平穏な状態でございます」
「定満。越中の平静は上部だけだ。加賀の一向一揆がいつ飛び火して再燃するかわからん。しかも越中の西の国衆には一向一揆側と密かに手を組む者もいる。そのもの達がいつまでも大人しくしているとは思えん。信濃国が安泰のうちに越中のテコ入れをしておかねばならん」
「それなら、越中新川郡代の椎名長常にお命じになられてはいかがでしょう」
「新たな城は、敵対している神保家との境界に近い場所にわざと作るつもりだ。椎名家単独では、敵対している神保側の攻勢を防ぎながら城を作るには荷が重いだろう」
「それは確かにそうでございますが、椎名家では荷が重いと思われるほどの城を作るおつもりという事ですね」
「その通りだ。越中の神通川沿いの海に近いところに、見たものが畏怖すような巨大な平城を作り、同時に湊を整備する。城の名前は富山城とする。湊は上杉水軍の船が入れるようにしてくれ。何か事あれば水軍の船で軍勢をすぐさま送り込めるようにしたい。さらに敵対勢力の神保の力をできるだけ削ぎ落とそうと思う。まずは湊と城を二人に頼みたい。富山城が出来上がったら上杉家直轄の城とする」
「承知いたしました」
「越中の西に領地を持つ神保家は、我らが隙をを見せれば自力で越中を奪い取ろうと、その時を待っていると儂は見ている。それに、新川郡郡代の椎名家はまだまだ我らの戦力を理解しておらんだろう。椎名家にも我らの圧倒的な力を見せておく必要もある」
神保家は父為景に徹底的に叩き潰されたがどうにか生き残り、20年かけて着々と勢力を回復させてきている。
数年後には境界線の神通川を越えて富山城を築いて、越中に大戦乱を巻き起こすことになる。
そして、本願寺と武田信玄と手を結び越中の混迷を深める原因の一つとなる。
ならば先に我らで富山城を作り、神保家を牽制する。そして、神保家の力を削り取って弱体化させていく必要がある。
また椎名家は、神保家が滅ぶと武田信玄の調略にかかり一向一揆勢と手を組み、上杉に反乱を起こすことになる。
敵対勢力には早めに手を打つ必要がある。
「越中守護畠山様から文句がくるのではありませぬか」
「文句が来たら、越中の安定のためと答えておけばいい。内紛が止まぬ畠山家は、どうせ何もできん。遠くから指を咥えて我らのやることを眺めているしかない。放っておけ」
「「承知いたしました」」
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