第73話 北条と今川の憂鬱

天文6年1月末(1537年)

相模国小田原城の一室に北条氏康と北条幻庵がいた。

北条氏綱は、とても渋い表情をしている。

ようやく結んだ甲相駿三国同盟が大幅に弱体化してしまったからだ。

本来なら甲相駿三国同盟を足がかりにして関東に大攻勢をかける筈であった。

しかし、越後上杉家の上杉晴景の計略により、甲相駿三国同盟が完全瓦解する寸前まで追い込まれてしまった。

どうにか完全瓦解は免れたが暫くは三国同盟は機能しないだろう。

武田晴信が甲斐を掌握する前に手を打たれ、武田晴信の力が弱体化してしまったことが大きい。

甲斐東半国を支配することになる小山田信有がどう動くか。

関東管領の支援を受けた以上、我らに厳しく出てくるであろう。

そして、今回の甲斐小山田に対する支援で、軍勢を送った関東管領山内上杉の勢いが盛り返してきている。今回の勝利が山内上杉家に与える影響は大きかったようだ。

この先、暫くは厳しい戦いになるかもしれない。

この先の戦略を大幅に見直すことが必要になる。

ひとまず三国同盟は無いものとして戦略を考えるしかないだろう。

「兄上、上杉晴景が上手だったと言うことで、切り替えていきましょう」

「そうだな。今更元には戻らん。武田晴信も暫くは使い物になるまい。我らのことは我らでやるしかあるまい。問題は、小山田信有がどう動くのかだ」

「関東管領山内上杉の支援を受けている以上、我ら北条には厳しく出てくる可能性は高いかと」

「そうであろうな。しかし、北の国境は平穏にしておきたい。小山田信有との交渉を頼めるか」

「わかりました。できる限り北の国境を平穏にするために努力いたします」

「頼むぞ幻庵」

「しかし、甲斐と上野に放っていた風魔の間者をことごとく始末されたのは痛いですな」

「申し訳ございません」

北条氏綱と幻庵の前に一人の男が現れた。北条家の忍び風魔忍者の頭領風魔小太郎。

「此度は我らの失態が原因でございます。我が首にてお許しください」

「待て、小太郎。勝手に死ぬのはこの北条氏綱が許さん」

「・・・・・」

「風魔の手練れが減ったのは痛い。だが、此度のことは気にすることは無い。甲相駿三国同盟前に戻っただけだ。大損したのは甲斐武田のみだ」

「兄上の言うとおり、我ら北条は元々の戦略に戻るだけだ。気にするな」

「小太郎。お主が風魔の頭領になる時に儂を支えてくれると言ったではないか、儂をおいて先に死ぬな。此度のことは己が糧とせよ。そして、今以上の精鋭を育てよ。良いな」

「ありがとうございます。必ずや今以上の精鋭を揃えて見せます」

「小太郎。甲斐、特に小山田が支配する甲斐東側に至急間者を入れねばならん。小山田の思惑次第でこちらに攻め込まれかねん」

「承知いたしました。至急手配いたします」



駿河国今川家館

今川義元は太原雪斎と共に今後のことを話し合っていた。

「雪斎。此度は想定外であったな。まさか、武田晴信が甲斐東半分を失うとは・・・」

「義元様、武田晴信の油断でしょうな。父信虎を追放。甲相駿三国同盟締結。全て武田晴信の思惑通り進んでいたところで僅かな慢心、油断が出たのでしょう。しかし、その僅かな隙を逃さずこれほどの策を仕掛けるとは、越後上杉は油断できない相手かと」

「慢心と油断か・・・自戒せねばならんな」

「甲相駿三国同盟は実質機能しなくなりますが、元に戻るだけのこと。我らにとっては問題ないかと思われます。北条にとってはかなり痛いと思いますが」

「越後上杉は、信濃国内では戦らしい戦は一度だけと聞いているが次々に信濃国衆が越後上杉家の配下に下っている。気がつけば信濃国の三分の二を掌握している。残りの信濃府中や木曽も時間の問題だろうな」

「その一度だけの戦で、圧倒的なまでの力の差を周囲に見せつけ、信濃国衆に敵にした時の恐怖を知らしめたのでしょう。さらに越後上杉に配下に加わった国衆の領地では、上杉家の資金で積極的な新田開発・領地開発が行われ、民衆の暮らし向きが良くなると言う話が信濃中に流れていることも大きいかと思われます」

「こちらとしては、特に損はしてないからいいが、武田晴信がやけになってこちらに牙を向けなければそれでいい。我ら今川家は三河取り込みに力を入れるとするか」

「それが宜しいかと。下手に上杉晴景を敵にまわさず、可能ならお互いに友好関係を築けたら宜しいかと」

「それは、上杉晴景が信濃国を完全に掌握したら考えよう。まずは三河方面だ」

「承知しました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る