第72話 小山田信有出陣
小山田信有の居城谷村城。
関東管領上杉憲政からの援軍三千が到着した。
関東管領軍の大将は上泉信綱であった。
軍勢は妨害を予想して慎重に進んできた。しかし、北条や武田からの妨害もなく小山田信有の軍勢と合流することができた。
実は軍勢の進路上やその周辺にいた武田の物見や北条の風魔忍びは、ことごとく軒猿衆が片付けていた。関東管領軍の行動を武田や北条に知られないようにするために、上杉晴景から軒猿衆の一つである戸隠衆に指示が出ていたのであった。
戸隠衆の戸隠十蔵は配下の下忍達を引き連れ、武田の物見や風魔忍びを次々に倒して回っていた。そのため、上泉信綱率いる関東管領軍の動きは武田にも北条にもいっさい知られていなかった。そして、一切の妨害を受けること無く、上泉信綱率いる軍勢は小山田信有の居城谷村城に到着できたのであった。
「関東管領上杉憲政様より此度の軍勢を任された上泉信綱と申します」
「小山田信有と申します。この度はお助けいただきありがとうございます」
「この甲斐国を蝕む不忠者を討つために共に力を尽くしましょう」
「ありがとうございます」
上泉信綱は、居並ぶ小山田家の武将達に向かって声を上げる。
「この戦いは、甲斐を蝕む不忠者を討つ戦いである。そのために関東管領上杉憲政様は、我らを遣わされた。共に力を合わせ不忠者を打ち倒そうではないか」
上泉信綱の諸将への檄が終わると同時に居並ぶ諸将から鬨の声が上がる。
「甲府に向かい出陣!」
小山田信有の言葉に諸将は再び鬨の声を上げ、進軍を開始した。
武田晴信は、小山田信有を討つため、小山田信有が動き出すよりも早く躑躅ヶ崎館を出発していた。小山田勢を討つため武田晴信が躑躅ヶ崎館を出発した日の深夜、まだ夜が明けきらぬ時間。
伊賀崎道順率いる伊賀衆は、要害山城へ向かっていた。
事前に調べておいた獣道から城に近づく。
城の死角となる場所から次々に城内へ忍び込む。
伊賀崎道順の配下はまるで自宅にいるかのように一才の迷い無く城内に散り、見張りの死角となり火の手が回りやすい場所に次々と火薬の詰まった小さな樽を設置。そして周囲に燃える水(石油)を撒き、さらに建物に燃える水(石油)を撒いていく。
全ての準備が終わると伊賀崎道順の合図と共に油に火をつける。
火をつけると同時に一斉に場外へ退避していく、背後から次々に爆発音がすると同時に火柱が上がっていく。
伊賀崎道順率いる伊賀衆は、要害山城が火に包まれた時には、城外で燃え盛る城を見ていた。
里に目を転じると、躑躅ヶ崎館のある方面にも火の手が上がっているのが見える。
躑躅ヶ崎館は城戸弥兵衛率いる伊賀衆が担当していた。
伊賀衆はそのまま闇に消えていった。
武田晴信は、小山田信有が甲府に向かって進軍してくることに備えて、有利な場所に陣を敷くために、小山田側より早く移動していた。
武田勢は躑躅ヶ崎館から約1日の場所に陣を敷いていた。
物見の報告では、小山田の軍勢は此方とほぼ同数とのこと。
だが、胸騒ぎを覚えてならない。何かがおかしい。
こんなことなら予定を前倒しして忍びを組織しておけばよかったか。
これは儂の油断か。小山田を片付けたら着手するか。
今川家、北条家への使者はいまだに戻ってきていない。援軍も無い。
物見の多くが帰ってきていない。
何かがおかしいと感じているが何がおかしいのか分からない。
何かを見落としている。
「一大事にございます」
甘利虎泰が駆け寄ってくる。
「何事だ」
「小山田信有の軍勢の中に関東管領山内上杉の軍勢がおります。合わせてその数五千を越えております」
武田晴信は、甘利虎泰の報告に衝撃を受けた。
「しまった!誘い出されたのは我らであったか・・・」
武田晴信は違和感正体が敵に情報を完全に操られ、敵の思うように動かされていたことにあったことを知った。
武田晴信は、軍略に自信があった。
しかし、現実はあっさりと敵に翻弄されてしまった。
この計略は小山田信有では無いだろう。奴にここまでの計略はできない。
「誰だ。誰がこの計略を考え実行したのだ・・・」
関東管領上杉憲政、いや・・・北条に苦戦している以上違う。こんな計略を実行できるなら北条に苦戦するはずが無い。
今川義元や北条氏綱ではわざわざ計略を組む意味がない。
しばし考え込んでいた。
ひとりいた。こんな計略を考え、実行できるだけの人材と財力を併せ持つものが一人だけいた。
越後上杉の上杉晴景。
間違いない。顔は知らんがこんな計略を実行できるのは他にいない。
「おのれ〜上杉〜!・・上杉晴景にしてやられたか・・・完敗か・・・」
軍配を握りしめ思わず天を仰いだ。
「何を気弱になっているのです。戦いは数だけではございませぬ」
「・・・虎昌・・そうか、そうであったな。まず、目の前のことをどうにかせねば先は無い」
「要は、敵の大将を討ち取れば良いのですよ。大将が気弱では士気に関わります。気持ちを強く持ち命令をお出しください」
「わかった・・・良いか敵の大将首小山田信有以外はいらん!小山田信有だけを狙え!行くぞ」
武田晴信の軍勢は、小山田の軍勢と関東管領の軍勢の連合軍に戦いを挑む。
飯富虎昌、甘利虎泰らが槍を振るい、敵を突き倒し獅子奮迅の活躍を見せるが、多勢に無勢。
次第に押され軍勢が崩されると一気に敗走が始まった。
一度崩されるともはや止めようが無い。
武田晴信は、やむなく甲府へと退却した。
撤退した武田晴信らが躑躅ヶ崎館に近づいていくと立ち上る煙が見えた。
煙は、躑躅ヶ崎館からと山側からも上がっている。
躑躅ヶ崎館に到着すると煙をあげ燃え盛る館があった。
呆然とする武田晴信の前に土下座する男がいた。留守を預かった板垣信方であった。
「申し訳ございません」
「何があったのだ。上杉が攻め込んだのか・・・」
「早朝の薄暗い時に、恐ろしいほどの轟音と共に火柱が上がり、それから一気に火の手がまわり手の施しようがございませんでした」
「皆はどうした」
「奥方様やご兄弟の皆様は全員無事でございます。甲斐上野城にお移りいただいております」
「無事か・・・よかった。山からも煙が上がっているがあれは何だ」
「後詰め城の要害山城が館と同じように燃え落ちております。館と同じように轟音と共に火柱が上がり一気に火の手が回り燃え落ちたそうでございます」
「どうやったかはわからぬが、おそらく越後上杉の仕業であろう。ほぼ同時に火柱を上げて館と城燃えるなど人の仕業以外ありえん」
「越後上杉でございますか」
「関東管領や小山田ではこんな真似はできん。残るは越後上杉しかあるまい」
「ここは危険でございます。甲斐上野城へ」
「わかった」
武田晴信と家臣達は甲斐上野城へと向かった。
武田晴信の敗走を知った今川義元と北条氏綱が慌てて仲介に入り、小山田家と武田家で甲斐国を東西で半国づつ分け合うことで和睦となった。
武田晴信、今川義元、北条氏綱ら三者にとっては苦渋の決断であった。
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