第70話 関東管領の思惑
天文5年12月中旬
上野国多野郡(現:群馬県藤岡市)
関東管領山内上杉家第15代当主、上杉憲政は居城である平井城にいた。
平井城は関東を差配する足利幕府関東管領の城に相応しくかなり大きな城であった。
平井城は平城ではあるがすぐ背後の山に、詰城として平井金山城が築かれている。
ここは、平井城と平井金山城の二つ城が連動した構えとなっており、実質的に二つの城で平井城とも言える。
平井城の広間では、関東管領上杉憲政は怒りを露わにしていた。
「武田晴信め、実の父親を騙し討ちにして追放。さらに、この関東管領に弓引く北条と同盟を結ぶとは、見下げ果てた奴よ。将軍家もなぜそんな輩に甲斐国主を許すのだ」
上杉憲政の怒りは、北条に対する警戒心の現れとも言えた。
関東での北条との争いは互角ではあるが、少しづつ押され始めてきている。
そんなこともあり、北条に味方するものが許せなかった。
そんな上杉憲政の元に山内上杉家随一の猛将である
長野業正は、箕輪衆を率いて山内上杉を支える猛将であり、上杉憲政にとって最も頼りになる武将である。
上杉憲政が北条に敗れ多くの家臣が北条や武田に鞍替えしても、武田への誘いを頑として跳ね除け、上泉信綱と共に箕輪城で戦い続けることになる男であった。
「業正、如何した」
「憲政様、甲斐武田に関して面白い話が飛び込んで参りました」
「面白い話・・・?」
「はい、越後上杉家の上杉晴景殿が甲斐武田の家中に調略の手を伸ばし始めたそうでございます」
「ほ〜・・越後上杉が甲斐武田に調略か」
「我が家臣の上泉信綱は、一時期越後で愛洲久忠殿の元で上杉晴景殿と共に剣の修行をいたした兄弟弟子。兄弟子にあたる上杉晴景殿から上泉信綱に書状が届きました。ご覧ください」
書状に目を通しながら笑みが溢れる。
「小山田信有が兵を上げるか」
「上杉晴景殿は、既に小山田信有殿に軍資金として、なんと二千両にもなる黄金を送ったそうでございます」
「それほどの黄金を簡単に渡すとは、恐ろしいほどの財力だな・・・」
「さらに、小山田信有殿の動きに合わせ、諏訪側にて武田勢を牽制するそうでございます。当家にも可能な範囲で小山田信有殿を支援してやって欲しいとのことでございます」
小山田信有が勝てば、忌々しい‘’甲相駿三国同盟‘’は御破産となる。
勝てなくとも甲斐を二分する状態に持っていけば、甲斐国に直接的な影響を与えることができ、北条の勢いを抑えるもしくは、北条の勢いを削ぐことが出来るかもしれん。
場合によっては、甲斐から直接北条を叩くことができることになる。
越後上杉との関係改善の途中でもある。
小山田信有を助けることは上杉晴景との関係改善をさらに進めることにもなるだろう。
小山田信有を助ける価値は十分にある。
「よし、いいだろう。小山田信有を手助けしてやろう。業正!小山田信有支援に三千の兵を出してやれ。人選は任せる」
「承知いたしました」
「上杉晴景殿は、今どれほどの力があるのだ。既に信濃の三分の二を掌握したと聞いたが」
上杉憲政は、上泉信綱の方を見ている。
「それでは、この上泉信綱がご説明致します」
ゆっくりと首を縦に振る上杉憲政。
「北は出羽庄内。西は越中の東半国。信濃国は北信濃、東信濃を支配。そこに諏訪郡が加わり、信濃で残すは信濃府中と木曽方面となっております。佐渡の豊富な金銀を背景に領内の新田開発や河川改修を積極的に行い、全ての領内で農作物の取れ高が倍増しているそうでございます。さらに陶器や蝋燭などの産業を起こし、同盟相手の出羽安東家と共に異国との交易も行っております。そのため越後府中は堺を越える賑わいと言われており、実際の石高は100万石をはるかに越えると言われております」
「武の力はどれほどだ」
「上杉晴景様の直属軍である虎豹騎隊・・いや今は虎豹騎軍でありました。農民に頼らぬ銭雇いの者達のみで構成された虎豹騎軍を主力として、虎豹騎軍のみで2万を越える兵力を常に維持しており、農民足軽兵を加えたらすぐさま倍以上の兵力となります」
「噂に聞く精鋭か・・・本当に使えるのか・・・」
「虎豹騎軍は全員陰流の剣術を叩き込まれ、さらに槍、弓、最近では鉄砲と呼ばれる兵器まで訓練しております。このほかに学問や軍略なども教え込まれ、常に鍛錬を欠かさぬ者達ばかり。まさに精鋭と呼んで差し支えないかと思います」
「噂は本当だというのか」
「はい!最近では国衆の子弟がこぞって自ら虎豹騎軍に加わることを希望して、厳しい鍛錬に汗を流していると聞いております」
「国衆の子弟がこぞって自ら直属軍に入ることを希望する。それだけで信頼の厚さが分かる。いつまでも過去のしがらみに囚われていてはいかんな。越後上杉との関係改善は急ぐべきか!」
越後上杉と関係を良くしておけば、越後上杉が信濃を抑えているだけで、西からの脅威は無いことになる。その分、対北条の備えを厚くできる。
越後上杉家との関係改善は、それだけで十分な利益をもたらすと考えた上杉憲政は、越後上杉家との関係改善を急ぐことにした。
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