第67話 備えあれば憂いなし

天文5年11月中旬(1536年)

ようやくサツマイモが手に入った。呂宋の商人が南蛮人の持ち込んだ物の中に、それらしきものを見つけて天王寺屋の交易船に持ち込んできたそうだ。

手に入れたサツマイモを種芋として、春になったら植えて増やしていくことと荒地でも育つ救荒作物きゅうこうさくもつと呼ばれるヒエ、アワ、そばを畑以外の部分を利用して収穫量を増やすことを考える必要がある。

もう一つ手に入った作物がある。それは南瓜だ。九州の大友領に入ったばかりの物らしい。

このカボチャは高温多湿の天候や病害虫に強く、荒地でもよく育つ。

味噌漬けにすれば1年は大丈夫だ。

天文の飢饉を乗り越えるのに必要な作物と言える。

あと数年で天文の飢饉がやってくる。今から備えていく必要がる。

すでに各地にかなりの数の備蓄倉庫を作り作物の備蓄に入っている。新しく収穫されたものを備蓄して、古いものから食べながら備蓄を増やしていく方針だ。

歴史通りなら天文8年の大雨と洪水で全国的に凶作となり、翌年の春先にも大雨となり全国で飢饉が発生することになる。今まで以上に洪水対策も急ピッチでやる必要がある。河川改修工事も完全では無くともある程度洪水を防ぐことを目的にした方がいいかもしれん。

さらに食生活の改善も同時にやるつもりだ。

昔の日本人は肉食を嫌っていると思う人も多いが、決してそんなことは無い。猟師がとってきた猪や鹿なんかはしっかり食べている。牛や馬を食べないと言ったほうがいいようだ。

牛や馬は農作業なんかで使う大事な道具だから、食べるなんてという心情的な部分も大きいのかもしれない。宣教師が来る様になってその影響から徐々に肉食への考えが変わっていくらしい。

江戸時代、彦根藩で牛肉の味噌漬けを作り、将軍家や御三家に献上していたと記録にあるほどだ。

だが、宣教師はまだ来ない。なので、この越後の地から食を変えていこうと思う。

昨年夏から牛の牧場を作っている。糞は当然硝石の材料に、肉や内臓は余さず食べられる。残った骨も使い道がある。

何に使えるのかというとボーンチャイナと呼ばれる磁器の材料になる。

昨年春頃から白磁器の材料となる白い粘土と白い石が減って来ていると報告が入って来ていた。

白い石と道八が言っているがどうやら本当は陶石と呼ぶのが正しいらしい。

その白い粘土と陶石がどんどん減って来ている。元々の埋蔵量が少なかったようだ。

その時、ボーンチャイナを思い出した。

英国で発明された陶器で、確か牛の骨を白くなるまで焼いて細かく砕き、陶土に混ぜて焼くとできると聞いていた。

どの程度混ぜるのか、焼く温度はどのくらいなんかはわからんから、職人の道八と林明敏に任せ研究させることにして、食と磁器の材料関係から牛の牧場を始めていた。

この時代は当然冷蔵庫なんて無い。さらにこの時代の日本は香辛料の少ない時代。牛肉の長期保存となると味噌漬けか麹漬けになるかな。

春先に試しに牛肉の味噌漬けを作って、周囲の者に振る舞ったら大評判になった。

先月、数頭ほどお肉になっていただき、肉と内臓は残らず味噌漬けに、骨はボーンチャイナの研究材料になっていただいた。

まだ飼育頭数が少ないから各国衆への贈答品扱いだが、評判はかなり良い。

もっと欲しいという声が多いが、もっと頭数を増やしていかないと当分の間は売り物にはできないな。牛は年一頭しか産まない。ゆっくり地道に増やしていこう。

毎年恒例の年末近い雪が降る前に、各国衆の挨拶が多く来ている。

今回から各国衆への手土産に牛の味噌漬けが増えている。牛肉の味噌漬けを受けとる国衆の顔は皆嬉しそうだ。

今日は、真田幸綱が一人の客を伴って来ていた。

信濃国諏訪郡上原城城主諏訪頼重殿。武田晴信が次に狙うであろう諏訪家の当主だ。

武田晴信が父親の信虎を追放したことでかなりの危機感を感じていたところ、真田幸綱に会い、祖父である碧雲斎へきうんさい殿の後押しもあり越後府中に来ることを決めたそうだ。

頼重殿の父は既に他界しており、祖父である先々代の諏訪家当主であった碧雲斎殿が後見人のような立場らしい。事前に幸綱は碧雲斎殿と会い、今後の情勢などを話し合い碧雲斎殿も納得の上で頼重殿はやって来た。

本来の歴史通りなら、諏訪頼重殿は5年後に武田晴信に滅ぼされる運命だ。

だが、本来の歴史よりも5年も早く武田信虎が追放されてしまった以上、武田晴信の諏訪侵攻も早まると考えるべきだろう。

碧雲斎殿は武田信虎と和睦後は、信虎と話し合いを重ね関係が上手くいきそうになっていたところでの追放劇。碧雲斎殿は、実の父親を簡単に切り捨てる武田晴信を非常に危険な人物と見ていた。

「諏訪頼重と申します」

強い意志を感じさせる目をする若者だ。

「上杉晴景である。越後府中にようこそ」

「此度はご無理をお願いし、お会いいただきありがとうごうざいます」

「頼重殿、諏訪氏は我ら越後上杉家の家臣の一人として忠節を尽くしたいと聞いたが」

「その通りでございます。諏訪から越後府中までの道中、信濃や越後の農民達や商人達が活気に溢れ笑顔が溢れておりました。上杉晴景様の代になり新田開発をどんどんやり、物が多く出回るようになったと皆口々に言っておりました。生きることが辛く苦しい乱世の世で、皆が笑顔でいる。そんな領地は見たことがありませぬ。そんな中、諏訪を取り巻く情勢が非常に厳しく感じておりました。特に、甲斐国武田家における信虎殿の追放。その後の甲相駿三国同盟が結ばれ、三国同盟を背景に甲斐武田がいつ攻め込んで来てもおかしくは無いと見ております。ですので越後上杉家の一員として忠節を尽くしますのでお力添えをお願いいたしたく参上いたしました」

「承知した。諏訪頼重殿の忠節の心を認め、家臣の一員として認めよう。甲相駿三国同盟の危険性は、我らも分かっておる。そのため、真田幸綱に命じて佐久郡における守りを見直しているところである。諏訪頼重殿が我が家臣となるなら当然諏訪も守ることになる」

「ありがとうございます。晴景様に生涯忠節を尽くさせていただきます」

「幸綱」

「ハッ」

「再度、見直しが必要だ。佐久郡だけではなく、諏訪郡も含めた守りを考えよ。必要な物は全て用意する。遠慮無く思い切りやって構わん」

「承知いたしました」

幸綱がとてもやる気に満ちた表情をしている。

思う存分その手腕を振るえるのだから、やはり嬉しいようだ。

諏訪頼重殿にも多くの手土産を渡すが、当然牛肉の味噌漬けも手土産として渡した。

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