第65話 ‘’新‘’三国同盟
天文5年9月上旬(1536年)
駿河国善徳寺の一室に駿河の今川義元、相模の北条氏綱、甲斐の武田晴信が顔を揃えていた。
襖は開け放たれ、庭は掃き清められ、庭木の緑が濃く色ずいている。
遠くからは蝉の鳴き声も聞こえてくる。
吹き込んでくる穏やかな風が残暑を忘れさせくれる。
「義元殿、氏綱殿。此度はお力添えいただき誠にかたじけない」
武田晴信は、二人に頭を下げた。
武田晴信は、父を追放して甲斐国主・甲斐武田当主になる為に、今川家、北条家の後押しと協力が大きかったことは晴信も十分理解していた。
さらに今川家には、追放した父を預かってもらうことになっている。
当然、追放した父の生活費に関しては、一定額は負担していくことになる。
「儂も氏綱殿も、晴信殿こそが甲斐武田の当主に相応しいと考えたればこそ」
「まさしくそうでござる。そして、晴信殿が日頃から考えておられた三国同盟こそ、我々三家に利益をもたらすもの」
「御二方が我が策を理解していただけたことが非常に大きい。今後はお互いの信頼を深め、背中を預け、それぞれの道に邁進できるというもの」
「我ら三家が協力していけば多くの困難を克服できよう。そのためには、この同盟関係をより強固なものにして行かなくてはならん。三家でお互いに血縁関係を結ぶようにいたそう」
義元の言葉に二人は頷く。そして、善徳寺の一室で三者による周辺情勢の話し合いが続いて行く。
天文5年9月中旬
越後府中
屋敷の広間で晴景は、虎千代と囲碁を指していた。
なんとかまだ互角の戦いを維持できていた。
しかし、そう遠ない将来に勝てなくなる予感がしてくる。
虎千代は、そう思わせるほどに思いもよらない厳しい手を打ってくる。
「兄上、これでどうだ〜!」
虎千代は自信満々な笑顔を向けてくる。
「うっ・・・う〜ん」
虎千代の放った強烈な一手に暫く考え込む。
「晴景様・・・晴景様」
呼びかけられ碁盤を睨んでいた顔を上げると佐久城の守備についている真田幸綱であった。
そう言えば急ぎ報告に来ると言っていたな。
後ろには宇佐美定満、直江実綱らも来ていた。
「報告とは何だ・・・ああ・・虎千代はいるが気にせずに言ってくれ」
「承知しました。実は、甲斐武田、駿河今川、相模北条が同盟を結んだそうでございます」
「何・・・」
真田幸綱の報告に驚く晴信。
「今川と北条が武田晴信に手を貸し、武田信虎を駿河に追放。直ちに三家で同盟を締結したそうでございます」
「しまった!!!」
晴景が思わず大きな声を上げたため驚く一同。
晴景は、己の油断を実感していた。本来の歴史通りなら18年後に北条、今川、武田の三国同盟が締結される。虎千代が景虎となり家督を継いでいるころだ。
そのため、まだ、十分に時間がある。まだ18年あるとのんびりと構えていた。
その自らの油断が、本来の歴史よりも早い
普段、大きな声上げたりやしかめっ面をしない晴景が、大きな声を上げしかめっ面をした事に、この場にいた者たちが驚いた。
「兄上!武田、今川、北条の同盟がそれほど問題なのですか・・・」
この場にいた者たちは、遠方の国でのことのため実感が無いようだ。
「誰か東国(東日本)の地図を持って参れ」
直江実綱が急ぎ地図を用意して来た。
目の前に広げられる地図。
「皆、地図の周りに寄れ、説明する」
皆、地図の近くに寄ってきた。
晴景は、閉じてある扇子を手に持った。
「ここが我らの越後。ここが庄内。ここが越中」
晴景は扇子を使いそれぞれの国を説明していく。
「ここが上野。武蔵。ここが信濃になる。武田家の甲斐はここ。今川家の駿河はここ。北条家の相模はここだ」
「兄上、武田、今川、北条は隣り合っていますね」
「その通りだ。では虎千代。この隣り合っている三家が同盟を組むとどんなことが起こる」
「人の往来が多くなりますか・・・」
「それもあるが、問題はそこでは無い。三国同盟は軍事同盟だ」
「ならば、兵の貸し借りができるでしょうか・・・」
「そうだな、それも軍事同盟で得られる成果の一つだ。隣り合う三家が同盟を組む、時間をかけ信頼が深まれば、やがてお互いに接している国境の守りは減っていく。信頼関係が強ければ強いほどお互いの国境に置く守りは減っていく。減らした兵力の向かう先は、これら三家が勢力を拡大させたいと思う方面だ。つまり、武田、今川、北条は背中の守りを気にせずに、前面に戦力を振り向けることができることになる。武田は信濃方面に、今川は三河方面に、北条は関東にその持てる全戦力を投入できる可能性が出て来たということだ」
「つまり、当家は信濃国で武田とぶつかるのですね」
「そうだ、今までとは違い勝つためには手段を選ばん、強かでしぶとい武田と信濃でぶつかることになる。それだけではない。北条が関東管領と古河公方を打ち倒せば、下手をすれば関東で北条とも戦うことになる」
晴景の説明で三国同盟の持つ意味が分かり、推し黙る一同。
「三国同盟の可能性は考えていた。だが、まだ先だと思い油断していた。儂の失態だ」
「兄上はこの可能性を考えておられたのですか」
「考えていた。だが、まだはるか先と思っていた。つい先日まで睨みあっていた三家がこんなに早く手を結ぶとは・・・油断だ。油断。三国同盟の動きが出たら潰す手段を考えていたんだが、ここまで素早くやられるとは・・・相当情報漏れに気を配っていたんだろう。敵ながらあっぱれだな」
この場にいる一同は驚いていた。晴景が先々のことまで考えて手を打っているとは皆が感じていた。だが、はるか遠方の三国同盟の持つ意味までも知っていて、三国同盟の噂も無いにもかかわらず、三国同盟の可能性を考えていて、それを締結前に潰すことまで考えていたことに皆が驚いていた。
「幸綱」
「ハッ!」
「佐久における守りを再度見直すことが必要だ。国境の守りの強化を考えよ。武田は調略をかけてくるぞ」
「承知いたしまた」
「実綱」
「ハッ!」
「領内における虎豹騎隊や国衆の軍勢の素早い移動を考えねばならん。街道整備を急げ。それと虎豹騎隊の戦力強化も必要になる。将来は、二方面または三方面で戦をせねばならん事態も想定して考えよ」
「承知いたしました」
「武田はまだ暫くは動かんであろう。武田が次に狙うとしたら佐久ではなく、父であった武田信虎が和睦して手を組んだ相手である諏訪を自領として取り込み、勢力を広げて力をつけることを考えるだろう。ならば、そこを邪魔するか」
「兄上、武田晴信は父の味方を簡単に捨てるのですか」
「それが、武田晴信の戦い方だ。勝ためには手段を選ばんだろうな」
武田、今川、北条の三国同盟締結を受け戦略の見直しを迫られることになった。
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