第58話 切磋琢磨
享禄3年4月初旬
河川改修工事で土手に植えられた桜の木が満開となっていた。
桜の木はまだ低いが、河川改修工事をした土手には全て植えられている。
満開の桜を横目に真田幸綱は、越後府中において剣術の稽古と軍略の学びに勤しんでいた。
いま、多くの虎豹騎隊の者に混じりながらひたすら木刀を振り陰流を学んでいる。
普通、正式な剣術の指導は受ける機会は少ない。名のある剣術家の下に出向いて教えを乞う。または、昔剣術家の元で修行したことのある人物から稽古をつけてもらうしか無い。しかし、越後府中にいれば常に陰流の剣術指導を受けることができる。愛洲久忠殿とその教えを受けた者たちが大勢いるからだ。さらに、軍略や武士としての教養を学ぶこともできる。
幸綱は、思い切って越後府中に来て良かったと思っていた。この得難い機会を与えてもらえてことに感謝していた。
虎豹騎隊には、続々と各国衆の子息が自主的に加わり訓練と教育を受けている。
幸綱は、新発田長綱殿の子息である新発田綱貞殿とよく話が合う。
軍略を学ぶために学問所に向かう途中で新発田綱貞殿と一緒になった。
「綱貞殿、儂は東信濃からこの越後府中に来て良かったと思っている」
「幸綱殿、儂も同感だ。地元の領地に居てはこんな経験は出来なかった。剣術は練習相手にことかかん。軍略や学問も学べる。最初、父の不遜な態度で晴景様を怒らせ、忠節の証として父から人質同然で越後府中に送られた。どうなってしまうんだろうと不安だった。だが、越後府中に来てみたら人質としての扱いでは無い、拘束されることも無く、閉じ込められることも無く、自由に生活できる。衣食住も保証される。虎豹騎隊に入れば、さらに剣術修行や学問も自由にでき、銭も稼げる」
「ああ・・それだけじゃ無い。この越後府中は驚きに満ちている。人の話しでは堺の町よりも大きな街だともっぱらの噂だ。他国の商人たちが皆口を揃えて言っている」
「確かに、常に通りに人が溢れ、店々に商品が溢れている。湊にある巨大な船は海の向こうの異国にまで乗り出している」
「あの巨大な船を見た時には驚いた。しかし、晴景様のご指示でさらに巨大な船をつくらしいぞ二千石の船らしい」
幸綱は父と初めて越後府中を訪れ、目にした千石もある安宅船の大きさに圧倒されたことを思い出していた。
「その噂は儂も聞いた。海は、越後上杉と出羽安東の同盟水軍の独壇場だ。さらにそれが強化されるということだ。凄まじいな。晴景様の政策は驚くことばかりだ。新田開発や河川改修などはこの日の本の国の中では最も進んでいるかもしれん。晴景様でなければ出来なかっただろう」
「儂は早く鉄砲を扱ってみたい」
「儂も同感だ。そのためには赤備になることだ。鉄砲は赤備にしか許可されていない」
「その思いは、他の国衆の子息も皆同じだろう。だから皆赤備を目指して切磋琢磨する」
「そうだな、負けんぞ。先に赤備になってやるぞ」
「フッ・・先になるには儂だ」
新発田綱貞と真田幸綱は笑いながら通りを歩いていた。
歓談しながら歩いている新発田綱貞と真田幸綱の横を、二人連れの旅の商人らしき若い男たちが通り過ぎて行く。
「若旦那、でかい船があるらしいですね」
「今の二人の話だとかなりでかいようだ。湊に行ってみるか」
二人は、連れ立って港へとやって来る。
二人は、千石の安宅船。製造途中の二千石の船の大きさに驚いていた。
「若旦那、こいつはすげえや。こんな大きな船は見たことねえ」
「ここまでデカイとは・・・」
二人は船の大きさに驚きながら暫く船や湊を眺めた後、街中へ戻ろうと歩き始めた。
「若旦那」
「付けられてるな、どうせ伊賀か甲賀の連中だろう。そのうち見知った顔が来るだろうから放っておけ」
二人はそのまま何事も無いように歩いていく。
暫くすると前方から一人の男がやって来た。
立ち止まる二人の前にやって来たのは伊賀忍者上忍藤林長門。
「久しぶりだな」
「伊賀上忍様が自らお出ましとは、なかなか熱い歓迎だな」
「フン・・何をしに来た」
「噂に聞く越後の繁栄ぶりを見に来たのさ。しかし、これ程とは・・・上杉晴景という人物に興味が湧いてくる」
「何ならお前が仕えている主から晴景様に乗り換えたらどうだ。口利きをしてやるぞ」
「ハハハ・・・・その言葉そのまま返そう。上杉より高い銭を出してやるから我が主人に乗り換えたらどうだ」
「ハハハ・・・・先代の伝で甲賀に修行に来ていた若造が、一人前の口を聞くようになったものだ。風魔小太郎!」
伊賀と違い甲賀は、余所者でも受け入れ忍びの修行を付けてくれる家が多かった。
伊賀は上忍3家を頂点とした組織。それに対して甲賀は、53家による共同体の色合いが濃く、余所者でも受け入れてくれることが多かった。
藤林長門は、伊賀と甲賀の双方に配下を持っていた。
「長門のオッサン、伊賀こそ最強だなんて思っていると、気を付けないと足元をすくわれるぜ」
「相変わらず憎らしい口を叩く奴よ。隣にいるのは
商家の手代の格好をした男が身構える。風魔随一の俊足と言われる男だ。
「まあ良いだろう。まだ北条とは直接戦ってはいない。越後の酒でも楽しんで帰るが良い。次に会うときは戦場であろう。その時までその命預けておいてやろう」
「フフフ・・・では、その時こそ我ら風魔こそ日の本一の忍びと証明して見せよう」
一陣の風が吹くとそこには誰もいなくなっていた。
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