第57話 虎千代(謙信)誕生
享禄3年1月下旬ごろ(1530年)
真冬の越後府中で後の軍神上杉謙信が生まれようとしていた。
昼間は強い風と雪で吹雪いていたが夕刻からは風が止み、しんしんと音もなく雪だけが降り続いている。日付が変わる深夜になって、お藤殿の陣痛が始まった。
すぐさま志乃をはじめとした城中の女性達たち、そして産婆と医師たちがが慌ただしく動き出し、出産の準備を始める。
その動きに釣られて、深夜に親父殿と二人してソワソワしてうろついていた。
男たちは、することがなくただソワソワしてうろつくぐらいしか出来ない。
「お二人ともそこで何をウロウロしているのですか」
志乃が声を掛けてきた。
「父親として子の誕生は気になるであろう・・・」
「弟の誕生は気になる・・・」
「晴景様・・・まだ、男児とは限りませぬ・・・勝手ことを言ってはなりませぬ」
「ハハハ・・・そうであった。でも、きっと男だ。そうに違いない。親父殿もそう思うだろう」
「儂もそう思うぞ。うん、間違いない」
志乃が厳しい目つきをしてこちらを見ている。
「お二人とも、ここにいられては邪魔です。出産は女にとって命を賭けた戦と同じ。気が散りますから別室にお願いいたします。生まれたらお呼びしますから、こちらに来ないようにお願いします。いいですね」
医術の未発達のこの時代、出産は命懸けである。女性は出産で命を落とすことも少なからずあったため、女性にとって出産はまさしく戦と同じと言えるかもしれない。
「「・・わかった・・・」」
志乃から怒られてしまい、部屋に近づくなと追い出されてしまった。
仕方なく別室に入り親父殿と二人、火鉢で暖をとりながら白湯を飲みジッと待っている。
「親父殿、赤子の名前はどうする」
「考えてある。男なら‘’虎千代‘’。女なら・・・・・‘’菊‘’」
虎千代の後、暫く間が空いて菊と答えた。
「親父殿、虎千代しか考えてなかっただろう」
「・・そ・・そんな事は無い。しっかりと考えていたぞ。いい名であろう」
「・・そうだな」
どのくらい経っただろうか、眠気でうとうとしていると赤ん坊の鳴き声が聞こえてくる。
どうやら、生まれたようだ。
「親父殿、生まれたようだぞ」
眠気でうとうとしていた親父殿を起こす。
「・・そ・・・そうか・・」
暫くすると志乃がやってきた。にこやかな表情をしている。
「無事生まれました。元気な男の子です。お藤殿も無事です」
志乃に案内され、二人して部屋に向かうと、産衣に包まれた赤ん坊がいた。
志乃から男の子ですと告げられた時は、思わずホッとした。
可愛い寝顔をしている。これが後の軍神上杉謙信かと思うと感無量だ。
産まれるまでは、万が一女の子なんて事になったらと考えたら落ち着いていられなかった。
もし、女の子だったら一大事。美少女アニメキャラ謙信になってしまう。
現代社会で時々出てくる美少女アニメキャラ謙信は、流石に正直勘弁して欲しいと思っていたところだ。
赤ん坊の名前は当然、男の子だから‘’虎千代‘’だ。
まだ先は長いが、武将としての教育を施し、元服させたら上杉家を任せて、自分が隠居するための計画を考えて行かなくてはいけない。
上杉家を磐石にしてキッチリっと明け渡すことが重要だ。
外を見ると、いつの間にか雪が止んでいて、冬晴れの朝を迎えようとしていた。
吐息が白く染まる。なぜか冬の冷たい風が心地よく感じる。
外に出てみると、白い山々から登ってきた朝日が雪で白く染まった越後府中を照らし始める。
朝日の中を微かにダイヤモンドダストが舞い、朝日を反射していっそう幻想的な風景となっている。
ダイヤモンドダストの煌めきの中を1羽の白鳥が飛んでいく。
まるで、これからの越後上杉を背負って立つ、越後の軍神の誕生を祝うかのようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます