第54話 真田幸綱
朝から屋敷に、信濃国小県郡の海野棟綱殿とその家臣である真田頼昌殿と息子の真田幸綱殿、信濃国佐久郡の望月昌頼殿が来ていた。
目の前にあの真田家がいる。
真田頼昌殿の息子真田幸綱殿は、将来豊臣秀吉から表裏比興の者と呼ばれることになる真田昌幸の父であり、真田幸村こと真田信繁の祖父となる人物だ。
真田幸綱殿も武田信玄からその武勇を高く評価されていた人物だ。
「よう参られた。昨日、越後府中を見て回られてどうであった」
「あまりの賑わいぶりに驚いております。多くの人々が行き交い、多くの品々が売り買いされており、京の都や堺に引けを取らぬものと思います。さらに湊で見た千石もある安宅船の大きさ。海の向こうの異国との交易まで行っておられるとは、ただただ驚くばかりでございます」
海野棟綱は越後府中の繁栄ぶりを褒め称える。
「そう言ってもらえると嬉しいな。ここ数年頑張ってきたかいがあったと言うものだ。ところで、遠路はるばるこの越後府中においでになったのは、いかなる理由ですかな」
「実は、東信濃の周辺が非常に厳しい情勢となってきております。昨年は、甲斐守護武田信虎殿が佐久郡に攻め込み、佐久郡の国衆と戦になり、近頃は諏訪国衆とのいざこざが絶えない状態となって来ております」
「甲斐の武田信虎殿と諏訪国衆ですか」
本来の歴史なら、将来、村上・諏訪・武田の連合軍が佐久に攻め込んでくることになるのだが、村上はすでに当家の家臣である以上、佐久に攻め込むことは無い。
攻め込んでくるのは、諏訪・武田となる。
「はい、どうしたものかと考えていたところ、付き合いのある上野国の上泉信綱殿から上杉晴景様を頼られると良いと言われ、佐久郡の望月殿からも上杉様を頼るべきだと言われ、この越後府中にやって参りました」
「力になることはやぶさかでないが、そうなると北信濃の国衆のように我が越後上杉に臣従することになる。良いのか・・・」
「家中のものとよく協議いたしましたし、娘婿の真田の薦めもあり上杉晴景様に忠節を尽くしたいと思います」
「承知した。今日只今より海野殿を我が家臣の一人として扱おう、そして共に繁栄していこう」
「ハッ・・ありがとうございます」
海野棟綱殿との話の間中、真田幸綱殿の視線が気になっていた。ジッとこちらを見つめて何か言いたそうな様子だ。
「幸綱殿、何か聞きたいことはあるのかな・・・」
「エッ・・・・」
「幸綱!・・・」
父親の真田頼昌が発言を止めようとする。
「頼昌殿、かまわん。言いたいことや聞きたいことがあれば、遠慮無く言ってかまわん。何も怒ったりせんよ」
「よろしいので・・・」
「遠慮無く、言ってくれ」
幸綱殿が意を決したような表情をする。
「私をこの越後府中において学ばせていただけないでしょうか」
「この越後府中で学ぶ・・・」
「はい、越後や北信濃の国衆の子弟が上杉様の虎豹騎隊に入り、陰流の剣術を学び、槍の扱いを学び、学問や軍略を学んでいると聞き及んでいます。私も同じように学びたいのです」
「なんだそんなことか、いいぞ。許可しよう」
「エッ・・よろしいので・・・」
「やる気のある奴ならかまわんぞ。ただし、相当に厳しいぞ。覚悟して来い。虎豹騎隊は上杉の何でも屋だ。鍛錬や学問、軍略、戦での戦いだけでは無い。領内の治安維持、新田開発、土木河川改修の土木工事なんかも常にやっているぞ。その代わり生活の面倒は見てやる。毎月虎豹騎隊の者には銭も支給される」
「ありがとうございます」
真田幸綱は、頭を下げ感謝の言葉を述べていた。その横で、父の真田頼昌が息子の思い切った行動に呆気に取られた表情をしている。
「頼昌殿、心配無用だ。幸綱殿は必ずひとかどの武将になれると思うぞ。それに、虎豹騎隊は生活の心配は無用だ。飯はでるし、銭ももらえる。身の回りのものぐらいで問題ないぞ。いつからにするかは、任せよう」
「ハッ・・承知いたしました」
「直江実綱」
「ハッ」
「真田幸綱殿の虎豹騎隊の件は任せるぞ」
「承知いたしました」
これで、真田一族を手に入れることができた。ワクワク感が止まらん。将来、あの真田昌幸が謙信の配下として力を振るうことになる。早くその時を目にしたいものだ。
東信濃が越後上杉の臣下となったなら、今後、東信濃にも虎豹騎隊を配置することを考える必要が出てくるだろう。善光寺平城だけでは、いざという時には手が回らんだろう。
軒猿衆に東信濃の地形を調べさせておくとするか。
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