第53話 新たな出会い
11月に入ると雪が降る前に挨拶をしようと北信濃の国衆が次々にやってくる。挨拶に来たら手土産を持たせて貰える。北信濃の国衆は、渡される手土産を嬉しそうに受け取り帰っていく。
そんな時期に東信濃の国衆がやってきた。
信濃国小県郡の海野棟綱と家臣で娘婿である真田頼昌、その息子の真田幸綱。佐久郡の望月昌頼らがやって来た。
海野棟綱は、上野国の関東管領山内上杉家と強い関係を維持しながらも、どこにも臣従してはおらず独立した勢力として東信濃に勢力を維持していた。山内上杉家の家臣であり剣豪と呼び声高い上泉信綱殿から、剣術の兄弟子である上杉晴景様が率いる越後上杉家との関係を持った方が良いと薦められ、さらに佐久郡の望月氏からも越後上杉家を薦められた。少し前までは山内上杉家と越後上杉は敵対していたが今は関係は良好になって来ているから大丈夫だと言われていた。
諏訪衆や甲斐の武田の動きが活発になって来ており、不安を覚えるようになったこともあり、越後行きを決めた。道中の北信濃の顔見知りの国衆とも話したが、皆越後上杉家に仕えるようになり豊かになったと言っている。新田開発や領地開発の指導や協力をしてくれると話していた。
一行は、越後守護上杉晴景に挨拶の前に越後府中を見て回っていた。
真田幸綱が山の方を見て驚く。巨大な山城である春日山城が見えていた。
「父上、あれほど大きな山城は見たことがありません」
「以前越後府中に来た時には、あそこまで大きくなかったぞ」
真田親子の会話に望月昌頼が声をかける。
「上杉晴景様の指示で大幅な拡大改築工事をなされた。以前とは比べ物にならないほどに巨大な城になっているそうだ」
さらに一行が進む両側には、多くの店が軒を並べ多くの人が行き交っていた。
店先に見たこともない多くの品が溢れ、活発な売り買いがなされている様子にも驚いている。
「父上、あの大きな魚はなんですか」
「あれは、鮭を日持ちするように塩漬けにしたものだ。美味いぞ」
真田幸綱は、自分と4歳ほどしか違わぬ年上の上杉晴景という人物に興味を抱いていた。
上杉家そして越後の躍進の原動力であり、得た財を惜しみなく領内の発展に使い、越後国を大いに発展させている。バラバラだった越後をまとめ上げ、臣従した北信濃の国衆の発展にも力を貸し、北信濃の石高が大幅に増えている。越後に来る途中で見た北信濃が、以前とは比べ物にならないほど豊かになっているのを目の当たりにしてきた。
そして、剣術は陰流の印可を持っている。つまり剣術の達人。
越後府中は、行き交う人で溢れ、物が溢れ、とても豊かな国だ。
遠くには朱塗りの甲冑を来た人々が見える。
あれが噂に聞く越後の精鋭虎豹騎隊赤備か。
越後の精鋭虎豹騎隊と呼ばれる直属軍の長の一人は、自分と大して違わぬ歳で二千の軍勢の指揮権を預けられていると聞いている。
正直羨ましい気持ちだ。自分もいつかそんなふうに多くの将兵を扱ってみたいと思っていた。
さらに、一行が進むと直江津の湊にやって来た。
「これが海ですか・・・」
真田幸綱は、初めて見る海。係留されている巨大な船に圧倒されている。
「こんなに大きな船があるんですね・・・」
船は、川で使う数人乗りの船や米を運ぶ川船しか見たことが無かった。目の前にある巨大な千石の安宅船に驚いている。
そこに小型の船が入ってきた。
その船に乗っているものが湊の者達に興奮気味に大きな声を出した。
「大陸に渡っていた交易船が2隻とも帰ってきたぞ、すぐに上杉様にお知らせしろ」
その声を聞き湊の衆の何人かが、上杉家の屋敷に向かって走っていく。
沖合に船が見えてきた。徐々にこちらに近づいてくる。
係留されている巨船に匹敵する大きさの船が2隻、湊に近づいてきていた。
「すまん、少し聞きたいのだが、あの船はどこから戻って来たのだ」
真田幸綱は近くにいた湊の衆に声をかけた。
「今年の春、上杉晴景様の指示で海の遥か先、大陸にある異国との交易に出ていた2隻の千石船が戻って来たのさ。明国の一部の女真族や朝鮮などとの交易と聞いている。きっと見たこともない珍しい物を沢山持ち帰って来たはずさ」
「明国や朝鮮か・・・」
交易船が帰って来たと聞いた人々が次第に直江津の湊に集まってきた。
そこに上杉家の家臣と思われる人々がやって来て道を開けさせる。
「上杉晴景様だ。失礼が無いようにしてください」
望月頼昌の言葉に頷き、開けた通路をやってくる人物を見ていた。
真田幸綱は、どんな人物なのか興味を持って開けられた通路を見ていた。
暫くすると一人の人物がゆっくりと歩いてくる。優しい感じのする人だ。
「晴景様だ」
望月殿が頭を下げる。慌てて自分達も頭を下げる。
自分達の前で立ち止まる気配がした。
「望月殿、久しぶりだな。頭を上げてくれ」
「お久しぶりでございます。今日は同じ東信濃の海野殿とその家臣の真田殿をお連れしました」
「なんと、東信濃から海野殿と真田殿か」
「海野棟綱と申します。お見知りおきを」
「家臣の真田頼昌と申します。これなるは息子の幸綱でございます」
「遠いところよく来られた。今日は、来たばかりでお疲れであろう。明日、改めて話の場を持とう。今日はゆっくりとされるがよい」
上杉晴景様は、そう言うと交易船に向かって歩いていかれた。
交易船から船団の長である向井長親が降りてきた。
「晴景様、大陸との交易より只今全員無事に戻りました」
「よく無事で帰ってきた」
「晴景様よりご指示いただきました件。全て上手く行きました。ご満足いただけるものと思います」
向井長親の後ろに見たことが無い初めて見る男がいた。
「このものが越後に来ることを承知してくれた白磁作りの職人。林明敏殿です。父親が信楽の生まれですので日本の言葉は話せます」
「父親が信楽の生まれか」
「はい、林明敏と申します。父は信楽の陶工でしたが白磁を学ぶために海を渡ったそうです。父は白磁を学びながら母と出会い私が生まれました。いつか家族で日本に帰るために、父は母と私に日本の言葉を教えてくれていましたが、5年前に両親共に病で亡くなりました。その後、いろいろな窯元を点々としておりましたところ日本で陶工を求めていると噂を聞き、向井殿に会って話を聞き、この越後に来ることにいたしました」
「其方の父の生まれ故郷の信楽から来た陶工がおる。後で紹介しよう。期待しておる。よろしく頼むぞ」
「承知いたしました。良き白磁を作らせて頂きます」
「長親、生薬の苗はどうだ」
「高麗人参を含めた生薬の苗を何種類か持ち帰ることができました」
「よくやった。遠い大陸まで船を出した甲斐があったというものだ」
船からは交易で手に入れた荷が次々に降ろされ越後府中の街へと運ばれていった。
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