第52話 野分の恐怖

享禄2年9月上旬(1529年)

前日まで良い天気でだったのに、今日は朝から雨が降り出していた。そして、徐々に雨足が強くなっていくと同時に強い風が吹き始めている。

野分が近づいて来ているらしい。野分のわけとはこの時代の‘’台風‘’のことだ。

野原の草や田畑の作物の間を強い風が吹き抜けて、草や作物の植物を分けて行くことが由来らしい。

家臣達には風と雨の備えをするように指示を出す。海では浜の衆や水軍衆が、船が波や風に持って行かれないようにするための準備に追われていた。

家々はまだ日中にもかかわらず締め切っている。いつもは人で溢れている城下は、今日は静まり返り、雨と風がだけが吹き抜けていく。強い風で雨戸が軋む。

やがて、まるで滝のような雨が降り出す。

あまりの強い降りに話し声さえ聞こえないほどであった。

そんな激しい雨と風が丸一日続き、やがて徐々に雨と風がおさまっていった。

「直ちに、領内の被害状況を調べよ」

雨と風がおさまった朝に、家臣達に領内の被害状況を調べるように指示を出す。

どうやら越後府中近辺では被害が出てはいないようだ。

夕方近くなり早馬での報告が入った。

「信濃川が三条城付近から下流域にかけてで氾濫。多くの集落や田畑が水に浸かっております。さらに信濃川の川筋が大きく蛇行し、水がなかなか引かない状況とのことです」

暴れ川である信濃川が一度牙を剥けば、人の営みはあっという間に流されてしまう。

「晴景様、信濃川河川改修や分水路工事が始まったばかりのところを野分に直撃されるとは、被害は大きいですな」

直江親綱は厳しい表情で被害状況を伝えてくる。

「信濃川の河川改修はまだ始まったばかり。今回は、信濃川の河川改修に反対していた中流域から下流域の集落に被害が多い。皆が今回のことで考えを改めてくれるといいのだが・・・宇佐美定満、直江実綱、柿崎景家を呼べ」

しばらくすると三人が急ぎやって来た。

「信濃川が三条城から先で氾濫した。多くの集落が水に浸かっている。虎豹騎隊全軍と虎豹騎隊見習いを全て使い、領民の救助と復旧作業に当たれ。必要なら水軍衆の手も借りて良い。食糧も不足するであろうから備蓄米の使用を許可する。医学塾より必要な医師の同行も許可する。田代殿には儂から指示を出しておく。直ちに取り掛かれ」

「「「承知いたしました」」」

駆け出していく三人と入れ替わりに、田代三喜殿と蔵田五郎左衛門が入って来た。

「田代殿、良いところに・・」

「医学塾の者は、全員いつでも動けるように準備出来ております。薬の方も準備済みでございます」

「ありがたい、虎豹騎隊の準備ができたらそれぞれ同行をお願いする」

「承知いたしました」

「蔵田五郎左衛門、備蓄米を使用する。不足が発生するであろうから他国から食料の買い付けをしてくれ」

「承知いたしました」

「今回、水に浸かった田畑は今回の収穫はほぼ無理であろうから、皆が飢えないように先を見越して多く集めてくれ」

「お任せください。必ずや用意いたします」

二人も急ぎ出て行った。

「直江親綱、今回被害を受けた集落の年貢は免除とする」

「承知いたしました。すぐに触れを出します」



ある程度水が引いた状態になったところで、直江親綱、実綱たちと水害被害状況の確認に来ていた。

30近い集落が被害を受け、200人近い人が流されて命を落としていた。

多くの家屋が流され、水に浸かった集落の田畑は全滅状態。

大小いくつもの石や厚い泥が田畑の作物を覆っている。

所々、泥の隙間から稲の穂や作物の葉が見えている。

水が未だ引かない場所は放水路を作り、水を抜く作業を続けている。

ある集落のところでこの集落の名主と数名の者がいきなり土下座を始めた。

「申し訳ございません。信濃川の改修工事に反対したばかりにこのようなことになり・・・」

「親綱・・・これは一体・・・」

「晴景様、この名主とこの集落の一部の者達は、工事をすれば水か無くなると言って工事に反対しておりました。それだけでなく、集落の者が農閑期に河川改修で働くことも妨害していたとのことでございます」

身勝手過ぎる浅はかな考えと言うしかない。

「今回の件でよく分かったであろう。信濃川の河川改修はやらなければ、再び同じことが起きる。今度同じことが起きたらお前の子や孫や子孫が巻き込まれるかも知れんぞ」

「申し訳ございません・・・・・」

「今後は、協力せよ。良いな」

「は、はい・・・」

信濃川河川改修のための人足も使い復旧作業を続けている。この時代は、複雑なインフラがある訳でもない。泥や大きな石の除去や水が溜まり引かない部分の水の放水作業が主となる。

信濃川だけでなく、小さな川も溢れてしまったところがいくつもある。

「直江親綱、1日も早い信濃川の河川改修と分水路の完成が必要だ。河川改修と分水路掘削の予算を増やすことにする。現在の年3万両を年5万両に増やして工事を行なってくれ」

「よろしいのですか・・」

「かまわん。同じ事を起こさない為には必要な事だ」

「承知いたしました。直ちに手配いたします」

信濃川河川改修と分水路掘削工事の予算が増やされ、工事の促進が図られることになった。

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