第51話 奸智術策

米沢城の留守景宗の下に次々に伝令がやって来た。

「報告いたします。酒田湊より海路、上杉晴景率いる越後上杉勢四千が上陸。さらに出羽北部より安東尋季率いる三千で庄内に侵入。上杉と安東は合流して周辺の国衆を吸収しながら大宝寺城に向かい進軍中」

「報告いたします。砂越勢壊滅!砂越勢は大宝寺城にて越後揚北よりの上杉四千と衝突。上杉勢の圧倒的な戦力により壊滅状態となり敗走。砂越氏維殿は討死」

「最上より伝令。砂越勢敗走により、上杉と安東及び敵方についた国衆を合わせおよそ一万三千の軍勢がこちらに向かい進軍中、至急援軍を願うとのこと」

留守景宗は表情に出さないように努めていたが、心の中では驚愕していた。

戦場の動きが早い、早すぎる。

「砂越が壊滅した・・なぜだ・・・戦力的に大きな差は無かったはず」

「上杉勢が見たことも無い武器を使用しているとのこと。木の棒に鉄の筒のような物が付いた先から、轟音と共に火柱と煙が噴き出すと前線の者たちが次々に血まみれで倒れるのです。どう対処していいのか分からぬうちに、足軽が恐怖から逃げ出し始め、あっという間に壊滅状態となったとのことです」

「見た事も無い武器・・・手に入れることはできるか」

「残念ながら、現状上杉の陣中に近づくことができません」

留守景宗は、どうすべきかしばし考え込んでしまった。

「最上への援軍は如何しますか」

「最上には、陣を下げて守りに徹し、こちらから仕掛けるなと伝えよ。後ほど援軍は出す」

「はっ・・承知しました」

伝令が出ていくと一人となった。

「さて、どうしたものか・・」

考え込む留守景宗のところに突如一人の男がやってきた。

「何を辛気臭い顔をしてる」

「な・・兄上、どうしてここに」

やって来たのは、留守景宗の兄で伊達家14代当主伊達稙宗であった。

「ハハハ・・・なかなか面白い状況じゃないか、こんな面白いことをお前の独り占めにさせておくのは勿体無いだろう」

「ハァ〜何が面白いですか、面白くもありませんよ。胃が痛くなる状況ですよ」

「こんな時だからこそ、大名そしていくさ人たる血が騒ぐであろう」

「血が騒がなくても結構。平穏が一番ですよ。兄上」

「ハハハ・・・まあ、そう言うな。儂も配下の者を放ち、様子を調べていた。上杉晴景とか言う若造はなかなかやるな。越後揚北から兵を入れ、こちらの目をそちらに向けさせ。その隙に船を使い酒田湊を強襲して湊を抑え、同盟相手の安東を呼び込むとはな。最上も自分達の置かれている微妙な立場をよう考えて動いてるな。最上領と庄内のギリギリ境目で、庄内には入らず最上領で様子を見ていたようだ。様子見していたらあっという間に砂越が殲滅。北からは新手の上杉勢が現れ、大慌てで援軍をくれと言って来たのであろう」

「兵もなかなかの精鋭揃いのようです。一番問題なのが上杉の使う新たな武器」

「それについてだが、儂の配下に元甲賀の忍びで喜次郎と名乗る忍びが一人いる。其奴の話では、火薬の匂いがしていたため、おそらく火薬を使った武器であろうと言っていた。現物がないため詳細はわからんそうだが」

「火薬?」

「そのうち用意させる。黒い砂のような物で火をつけると火柱をあげ爆発するらしい」

「その火薬とやらを使っていると・・・」

「上杉は焙烙玉と呼ばれる火薬を使った武器をよく使うらしいが、今回のものはそれとは違うようだ」

「如何します」

「上杉の手の内がわからんうちは、手出しせぬ方が良かろう。今回はここらで手打ちでよかろう」

「和睦ではなく、手打ちですか?」

「そう、手打ちだ。我らの配下の最上は自領から出てはいない。上杉と戦ってもおらぬ。無論我ら伊達本家も上杉とは戦っておらん。戦ったのは勝手に我ら伊達の名を使い戦った砂越とその仲間の国衆のみ。そもそも砂越家は我ら伊達の配下では無い。属しているとしたら大宝寺家だ。つまり大宝寺家のうちわ揉めだ」

「ですが、上杉は納得しますか・・」

「砂越氏維は戦を仕掛ける時に、伊達の力を借りるまでもないと言ったそうではないか。それに儂が書いた書状の花押は普段使うものでは無く、この為だけのニセの花押。いざとなればそれで押し通す。そうすれば向こうも大義名分は立てられまい。それは、向こうもわかっているようだ。上杉の軍勢は庄内で完全に動きを止めている。暫くすれば引き上げて行くであろう」

「ニセの花押とは・・・兄上といい、上杉晴景といい、騙し合いの軍配はどちらに・・・」

「此度は引き分けだ。景宗、大名とは善人の顔と悪人の顔を持ち、お互い騙し騙されながら己が野望を推し進めるもの達だ。このぐらいのことで腹を立てるような奴は、大大名にはなれん」

「騙し騙されですか・・・」

「今回、上杉、安東、伊達、それぞれにとって利のある結果だ。上杉は大宝寺を完全に配下に組み込み、酒田湊を手に入れた。安東は、上杉との同盟関係を誇示できた。しかも上杉は船で大兵力をすぐさま移動させることができる。これは、安東と対立する陸奥の各大名にとっては脅威だろうな。ただ、この戦は上杉晴景が自ら作り上げた精鋭達に絶対の自信を持っているがゆえに、上杉晴景の若さと甘さが出た戦でもある」

「若さがでた戦とは・・・」

「今の儂が上杉晴景ならば、越後揚北からはやや少ない兵数で揚北衆のみを送り込む。元々素直を従わん奴らだ。大宝寺とは縁戚も多いから不利であっても戦うであろう。そして、戦を長引かせ揚北衆も砂越も疲弊させ、最上や我ら伊達が出てきた頃に酒田湊を強襲する。そして安東と共に南北で挟み撃ちにするな。そうなれば、下手をすれば我らはこの米沢まで失っていたかもしれん」

「なるほど・・ある意味助かったともいえますな・・・ならば我ら伊達の利とは・・」

「最上の連中は、自分達の力の無さを思い知り、しばらくは大人しくなるであろう。その間に最上の家中をさらに弱体化させていく時間が稼げたことか。そもそもこちらは、何も損をしていない」

「確かに損はしていませんな。大宝寺家内部の争いですし、戦場も大宝寺領ですな」

二人の笑い声が米沢城に響いていた。




上杉と安東の同盟軍は、庄内に止まって陣を敷いていた。

上杉晴景と安東尋季は床几に座り、出羽南部の地図を見ていた。地図の上にはいくつもの碁石が置かれている。

「最上は自領から出てこんな、庄内に攻め寄せてくるかと思ったが、晴景殿はどう見る」

「尋季殿、おそらく最上は慎重に状況を見ているのだろう。かなりの数の物見を放っているようだ。酒田湊からの我らをいち早く知り、庄内に入ることをやめたようだ。我らと伊達の間ですり潰されないようにしているのだろう」

「最上は猪武者ではないと言うことだな」

「最上から先は伊達の支配する領域だ。最上が庄内に足を踏み入れておれば攻める口実となったが、最上勢は自領に居て庄内に踏み込んでいない。伊達も最上領の奥、置賜から動いていない」

「であれば、今回はここまでか・・・」

「我らで庄内と酒田湊を抑え、さらに船を使い兵力を素早く移動させることもできた。これで良しとするか」

「こちらはさらに鉄砲を手に入れることができたから文句はない」

「欲張ると碌なことがないからな」

そこに家臣がやってきた。

「報告いたします。伊達家より使者が参っております」

「伊達家だと・・・わかった。通せ」

暫くすると伊達家の使者が入ってくる。

「お初にお目にかかります。伊達家留守景宗が家臣、東田清貞と申します」

「如何なる要件でしょう」

「此度、上杉様が庄内の騒動を治めていただき、我が主人、留守景宗も非常に喜んでおります。砂越家には、当家も非常に手を焼いており困り果てておりましたところでした」

「伊達家はお困りでしたか・・・噂ではこの度の騒動で糸を引くものがいるとかいないとか・・」

「ホォ〜・・・そのような噂は初めて聞きました。砂越が当家の書状を捏造し、伊達家のお墨付きを得たとか言って、周辺国衆に吹聴するので困り果てておりまして、やむなく当家で懲罰すべく準備しておりました。そこに上杉様が庄内においでになり、砂越を懲罰していただき、非常に助かりました」

「書状を捏造ですか」

「ハイ、そのようなものは伊達家が出すはずもございません」

「伊達家としては当家が庄内を抑えることに問題ないと・・・」

「大宝寺家は上杉様の御家来。その家中での争いを上杉様自ら裁かれたまで、伊達家は庄内のことにとやかく言うことはありません。上杉様が庄内がご不要というのであれば、伊達家として動くこともやぶさかではありませんが・・・」

「なるほど・・承知した。今回はここまでとして、我らは引き上げるとしよう。伊達殿にはよろしくお伝え願いたい」

「承知いたしました」

そう言って使者は帰って行った。

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