第49話 酒田湊

夜が明け切らぬ薄暗い早朝、朝靄の酒田湊に複数の関船が接岸。関船の中から素早く赤い甲冑を着た男達が酒田湊に降り立つ。周囲を警戒しながら後続部隊の上陸を待つ。

直江実綱が関船から上陸してきた。

そこに一人の年老いた男が近づいてきた。一斉に構える赤備の武者達。

「お待ち下さい。私は、酒田の湊衆を代表して参りました。本間庄右衛門と申します」

「本間家の者か」

「佐渡の本間とは縁戚でございますが、佐渡本間惣領家同様に上杉様と争うつもりはございません。我らは商人、何よりも交易路が大事でございます。蝦夷から能登までの海は、上杉様と安東様が握っておられます。上杉様に逆らって交易路を封鎖されたら、我らはたちまち干上がってしまいます」

本間庄左衛門はそう言って頭を下げた。

「わかった。晴景様にはそのように伝えよう。早速だが、酒田湊とその周辺に砂越側の軍勢はどの程度いる」

「ここ酒田湊には50名ほどの兵がおりますが街中にはおらず、酒田湊と街道との間に設けられた関所の周辺におります」

「他には」

「他にはおりません。残りは、大宝寺城もしくは砂越家の居城である砂越城と思われます」

「関所へ案内してくれ」

「承知いたしました」

本間庄左衛門の案内で200名の兵を砂越の兵がいる関所へ差し向ける。兵には1名たりとも逃すなと指示を出しておく。

残りの兵達に周囲に怪しい者が潜んでいないか捜索させる。

半刻ほどしたら関所に向かった兵達と本間庄左衛門が戻ってきた。

「どうであった」

「10名ほどが抵抗しましたので切り捨てました。残りは直ぐに降伏しましたので空いている土蔵に押し込んでおきました」

「わかった。それでいい」

赤備の兵達が周囲を警戒していると、酒田湊に越後上杉の巨大な船が入港して来た。

この時代の平均的な船を大きく上回る巨船。

酒田湊の商人達は、船の巨大さに驚きを隠せないでいた。

その巨船から続々と赤備の軍勢が降りて来る。そして最後に上杉晴景が降りてきた。

そこに先に上陸していた直江実綱がやって来た。

「晴景様、酒田湊の砂越家側の兵では向かうものは切り捨て、残りは土蔵に閉じ込めておきました」

「ご苦労。敵の状況は」

「それは、この保長からご報告いたします」

「大宝寺と砂越はどうしている」

先乗りして周辺を調べていた軒猿衆の千賀地保長現れ報告をする。

「砂越氏維は焼け落ちた大宝寺城で陣を構えており、周辺の反大宝寺の国衆に呼び掛けておりますがあまり反応が良く無いようです。大宝寺晴時は尾浦城にて立て籠っております」

「周辺の国衆は様子見であろうな・・伊達の動きはどうだ」

「それと、どうやら最上が動きだすようです」

「見込み通りか」

「実綱。周辺の国衆に使いを出せ。我らに従うか、滅ぶか決めよと・・・あと1日もすれば安東も陸路3000の兵でこちらに合流してくる。庄内の地にたとえ最上が出てこようが、留守景宗が出てこようが1万を超える軍勢で挟み撃ちにされれば奴らも持ち堪えることはできまい」

「承知いたしました。しかし、よく安東家が動きましたな」

「鉄砲100挺売ってやると言った二つ返事だったぞ。その100挺は天王寺屋謹製ではあるがな。おかげで製造法を天王寺屋に教えることが早まってしまったが、問題あるまい」

どんなに鉄砲を揃えても火薬がなければ使い物にならん。ふんだんに火薬が使える財力がなくては鉄砲は使いこなせない。火薬の材料の一つ硝石の輸入路と製造技術。この二つを我らが持っている以上問題無い。さらに大陸との交易ルートも開拓を始めている。

万が一、堺経由の硝石輸入ルートを止められても痛くもない。

「では急ぎ周辺国衆に使者を出します」

直江実綱は部下達を集め指示を出し、周辺国衆への使者を送り出した。



最上家の軍勢は、家臣である氏家定直、天童頼長らが指揮していた。当主である最上義守はまだ9歳。前当主の義定が嫡子を残さず死去したときは、伊達家が最上を傀儡にするべく介入してきたため、反発する最上家の家臣達と戦となり、多くの最上家の家臣が亡くなった。あまりの反発の強さに伊達家側も妥協して、最上家庶流の中野家から義守が2歳で最上家を継ぐことで妥協が図られた。

「氏家殿、伊達家から砂越氏維を支援するために出陣せよと下知がきたぞ」

「伊達め、好き勝手放題に指示を出してくる。我らは奴らの家来では無い」

「伊達は我らを使い潰すつもりであろうな。完全に最上家を弱体化させた上で義守様を廃嫡にして、伊達の血筋を送り込んでくるつもりであろう」

「このままでは我ら最上家は、砂越家と一緒に上杉と伊達の間ですり潰されることになる」

「しかし、今の我らには伊達の配下として動く意外にどうにも出来ん・・・」

最上家の陣中に物見に出していた家臣の一人が駆け込んで来た。

「一大事にございます」

「どうした」

眉間に皺を寄せた氏家定直が家臣に声をかける。

「酒田湊に海路より上杉晴景率いる越後上杉の新たな軍勢が上陸。その数四千。全て赤備の甲冑を身につけているとのことです。さらに、出羽北部から安東家の三千の軍勢が国境を越えて庄内に侵入。越後上杉の軍勢と安東の軍勢は、合流して七千の軍勢となり周辺の国衆を従えさらに数を増やし、上杉と安東に従わぬ国衆を殲滅。周辺国衆にその力を見せつけながら大宝寺城方面に進軍中」

「な・・なんだと・・」

越後揚北から四千の軍勢が既に庄内に入って既に尾浦城付近にいる。庄内北部の酒田湊方面から上杉と安東の軍勢七千と周辺の国衆。少なくとも総勢1万2千以上の軍勢で挟み撃ちにされる。

砂越と最上を合わせても四千〜五千程度。

「氏家殿、これはまずいぞ。もはや戦にならん。しかも上杉八千の内六千が噂に聞く赤備の精鋭達だ。越後揚北からの軍勢だけなら、まだ戦いようもあるが・・・いっその事、義守様をお連れして上杉に降るか・・・」

「それも手ではあるが、まず戦を避けつつ伊達の動きを知ることだ。動きを誤れば上杉と伊達、両者から攻められて最上が滅んでしまう」

家臣を呼び米沢城に伝令を至急出すように指示をする。

「米沢城の留守景宗様に上杉晴景率いる新たなる軍勢が酒田湊より上陸したこと、そして至急援軍を頼むとの伝令を出せ」

「承知しました」

最上の軍勢は砂越支援に向かう途中で進軍を止めた。庄内に入らず自領である最上領ギリギリのところで止まることにした。

このまま砂越支援に向かえば、上杉と安東の連合軍に袋叩きにされる運命しかない。

最上家が砂越や伊達のためにそこまでする義理は無い。

最上勢は生き残りをかけ、最上家が生き残るための道を探るべく全力で足掻くことを始めた。

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