第48話 虚々実々

享禄2年5月下旬(1529年)

雪解けが遅く田植えが遅れてしまったため、砂越家による大宝寺攻めの準備が遅れていた。

大宝寺家の間者がこちらを探っているようだ。戦の準備が遅れていることで戦をする気が無いように見せかけることにした。当分の間、戦は無いように思わせるため、間者の居る前で家臣たちと野良仕事に精を出している。

砂越氏維は、何食わぬ顔をしながら戦支度を悟られぬようにしながら、初戦は夜襲をかけることにしていた。

大宝寺が完全に油断している今のうちに夜襲で一気に蹴りをつけるつもりだ。

事前に家臣たちには極秘に根回ししておき、夜襲の指示が出たらすぐに集まれるように極秘に準備させている。

いま夜空に糸のように細い月が出ている。今夜攻める事として急遽招集をかけた。

「よく聞け、いよいよ我ら砂越家がこの庄内を手にする時が来た。伊達の力なんぞ借りるまでも無い。我らの力で庄内を切り取る。大宝寺の連中が完全に油断している今が絶好の機会だ。今夜で一気に大宝寺の連中を根切りにしてしまえば、伊達も上杉も手出しできまい。我らこそがこの庄内の覇者であり支配者だ」

「氏維様、大宝寺城の門番は買収済みでございます」

家臣からの報告に氏維は口元に笑いを浮かべる。

「良いか、大宝寺城に入ったらすぐさま片っ端から油を撒き火をつけろ」

頷く家臣たち。

「行くぞ、我に続け」

砂越氏維の声に一斉に鬨の声をあげ大宝寺城へと駆け出す。

大宝寺に気づかれないために、松明は使わずに夜道を駆ける。糸のように細い月は雲に隠れているが微かに月明かりが雲の切れ間より漏れている。

やがて大宝寺城が見えてきた。

物音を立てぬように近づくと、買収済みの門番が門を開ける。

一気に城内へと雪崩れ込むと砂越の家臣たちが油を片っ端から撒き、そして火をつけた。

油に引火した火は、みるみる大きくなり城の彼方此方から煙を上げ炎が立ち上る。

ある程度火がまわり火の手が大きくなったところで、わざと声を上げる。

「火事だ、火事だ」

慌てて出てくる者たちに片っ端から刃を振るう。

「敵・・敵襲、敵だ」

何人かは声を上げるが既に手遅れ。火の手はさらに大きくなり、もはや消火は不可能な状態となっていた。燃え上がる火の手の中で砂越家の家臣たちは、大宝寺家は一人も逃すまいと刃を振るい続ける。

応戦する大宝寺家の者たち。不意を突かれた為、大宝寺家の者は皆甲冑を着けておらず、刀と槍で必死に応戦していた。

「殿、お急ぎください。こちらです」

大宝寺家の家臣たちが、砂越家の囲みを破り脱出路を確保すると、大宝寺家当主大宝寺晴時たちは燃え盛る大宝寺城を後にした。

大宝寺晴時は、家族と共に家臣に守られながら大宝寺城の西に位置する、支城である尾浦城に入ることにして夜道を急いだ。


米沢城にて庄内の軍勢を指揮するため、留守景宗が米沢城に入城していた。

兄の伊達稙宗の指示で今回の庄内軍の指揮を任されている。

その留守景宗のもとに報告が入ってきた。

砂越氏維が大宝寺城に夜襲をかけ、大宝寺城を焼き払った。しかし、大宝寺晴時は取り逃がしてしまい、大宝寺晴時は尾浦城に立て籠っているとの報告であった。

「我らに黙って夜襲をかけ、その挙句に大宝寺を取り逃がし山城に籠られるとは・・・なんたる失態」

思わず渋い表情をしてしまった留守景宗。

砂越氏維がこちらを出しぬき、単独で庄内を確保する気であることは明白であり、その結果が敵を取り逃がすという大失態につながっていた。

夜襲は作戦としては良いと思うが、敵に逃げられては意味が無い。夜襲に伊達からの支援部隊を入れていれば取り逃がすこともなく、一夜で蹴りがついていたと思うと少なからず怒りが込み上げてくる。

「上杉のことだ、おそらく既に庄内に入っているだろうな・・・」

しばし考えこんでいる。

「砂越氏維はどうしている」

「周辺の反大宝寺の国衆に協力を求め、大宝寺城跡に陣取っています。さらに伊達の力なんぞ必要無い、自分こそが庄内の支配者であると周囲に言いふらしているとのこと」

「チッ・・馬鹿なのか、敵はまだ健在だぞ。城を一つ燃やしたぐらいで庄内の支配者などと周囲にうそぶくなどとは・・・奴らと周辺の小規模の国衆で上杉に勝てるつもりなのか・・・仕方ないこの際だ、砂越と最上をまとめて上杉に始末してもらうか」

そこに再び家臣が走り込んでくる。

「どうした」

「越後上杉勢が国境を越え、庄内に進軍。その数四千。軍勢の半分は赤備の甲冑とのこと」

「このことは他に伝えたか」

「いえ、まだでございます」

越後上杉の援軍はせいぜい三千。多くて四千と見ていたが、見込み通りの数を送り込んできた。さらに赤備の甲冑か、噂に聞く上杉の精鋭部隊か。砂越のせいで上杉との全面衝突の事態になるのは避けたいがどうする。兄の伊達稙宗からは損切りは全て任せると言われてきた。

「仕方ない、まだまだ使い道があり少々勿体ない気もするが最悪の場合は、砂越と最上には消えてもらい、庄内は上杉。最上から東は伊達で分け合うことでけりをつけるようにするか」

少々疲れが表情に出てきていた。

「最上に伝令。直ちに出陣し、砂越の支援を行い協力して上杉を蹴散らせと」

「承知しました」

「越後との国堺から越後上杉の軍勢が庄内に入って来ていることも合わせて伝えよ」

「承知しました」

「さて、噂の上杉の軍勢どの程度強さか・・・獅子心中の虫を始末した上で、上手く漁夫の利を得られれば良いが、最悪でも邪魔者が消えれば良しとするか」

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