第47話 幕開け
享禄2年4月中旬
弟の景康は、兄である自分を真似て、2年前から剣術の訓練に励みながら軍略を学び、虎豹騎隊の見習い達に混じり新田開発や河川改修に汗を流していた。そのため、着物はいつも汗まみれ泥まみれの状態であった。そんな景康が今日は新品の着物を着ていた。
景康は先ほどから、部屋の中を落ち着き無くウロウロしている。
「何を先ほどからウロウロしている。少しは落ち着かんか」
父である長尾為景に注意されるが落ち着きに無さは収まらない。
「ハ・・ハイ・・・」
「落ち着いて、白湯でも飲め、嫁に呆れられてしまうぞ」
そんなことを言いながら、親父殿は先月後妻を娶っていた。謙信の母親となる古志長尾家の一人娘のお藤殿である。虎御前の呼び名は後世の人が謙信の幼名や景虎の名に合わせて名付けたらしい。
しかも、既に身籠っている。謙信となる虎千代が無事生まれてくれることを祈るのみだ。
「ハ・・ハイ・・・」
景康は言われるままに茶碗を取り白湯を飲む。ただ、自分の茶碗では無く晴景の茶碗である。
これ以上、言っても無駄と思い放っておくことにする。
今日は安東家より安東尋季の妹が弟の景康の嫁として輿入れしてくるのだ。
あまり期待はしていない。兄である尋季殿があの調子だ。仲良くやってくれれば、それでいい。
「安東家の皆様がご到着です」
「わかった。通してくれ」
暫くすると襖が開く。
「ハハハ・・・久ぶりだな、義兄弟」
安東尋季が豪快な笑い声をあげて入ってくる。この人には何を言っても無駄。この明け透けというか豪快というべきなのか、この性格は嫌いじゃないがもう少し場を考えて欲しいものだ。
後ろからは小柄な可愛らしい女性が入ってきた。
「楓と申します。景康様の下に嫁いで参りました・・」
「楓は自慢の・・」
「兄上!!!お静かに、まだ楓が話しております」
「お・・おう・・すまん」
大きくため息をつく楓。
「越後守護上杉晴景様、このような兄で申し訳ございません。何かとご迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願いいたします」
「気にしておらんから大丈夫だ」
「父上様、景康様、よろしくお願いいたします」
「こ・・こちら・・こそ・・」
慌てて頭を下げる景康。その動きがギクシャクして笑いそうになる。
「ハハハ・・・言った通り越後はいいところだろう・・・」
「兄上!!!大事な輿入れの話を決まった時に話さず、輿入れの数日前に話すとは何事ですか。上杉様、長尾様に対して失礼ではありませぬか」
「そ・・それは・・道中の船の中で謝ったではないか・・・」
「兄上は、安東家の当主ですよ。大事な話を忘れていたなど・・・・姉上(尋季の妻)にもしっかり言っておきましたから、帰ったら姉上としっかりお話し合いをしてくださいませ」
「・・何を・・・何を話し合うのかな・・・・・」
「帰ったら解ります!」
尋季、俺に目で訴えかけてきても無理だ。俺は首を左右に振った。諦めろと。
お話し合いという名のお灸を据えられるのか。
享禄2年4月下旬(1529年)
軒猿衆から急遽報告があるとの事で千賀地保長が屋敷に来た。
「何が起きた・・・」
「どうやら伊達家が庄内を狙って動き出すようです」
「具体的にはいつ動き出す」
「田植えが終わり次第とのことですので、来月半ばか以降と思われます。砂越家に伊達の手が伸びており、裏で伊達と砂越で約定が交わされたようです。砂越家から大宝寺家に仕掛け、反撃を受けたところで支援と称して、伊達家が介入する手はず」
「いよいよ伊達が出てくるか、伊達は誰が出てくる」
「伊達稙宗の弟の留守景宗が指揮すると思われますが、まず最上家をぶつけてくるものと思われます」
「なぜ、最上なのだ」
「最上家内では現当主を筆頭に反伊達の空気が強い家です。伊達の力の前に屈しているだけ、隙あらば伊達の楔から逃れたいと考えております。そのような状況は伊達稙宗も知っており、ならば大宝寺と上杉にぶつけて最上を消耗させる、もしくは我らに最上家を潰させる算段のようです」
「我らを利用して獅子心中の虫を潰す腹積りか」
「ハイ」
「ならば、我らを利用すれば高くつくことを教えてやる必要があるな・・・保長」
「ハッ」
「出羽国南部と出羽と伊達領の境周辺の城の作り、街道に関して至急調べよ」
「承知いたしました」
保長が出ていくと小姓を呼び、向井忠綱、宇佐美定満、直江実綱、柿崎景家を呼ぶように指示を出す。暫くして四人がやってきた。
「よく集まってくれた。いよいよ伊達が動き出すぞ。出羽国南部大宝寺家の庄内を狙っている。時期としては来月半ばごろになるらしい。まず、砂越家が動き大宝寺に戦を仕掛ける。その後最上家をこちらにぶつけてくる。最上家は使い捨てにするつもりらしい。それを踏まえた上でこちらはどうするかだ」
「船を使われますか」
「忠綱。越後府中より虎豹騎隊を船で酒田湊に送り込む、酒田の湊衆には内々に話をつけておいてくれ」
「承知いたしました」
「宇佐美定満は、先行して第1軍と共に新潟津で船を降り、揚北衆をまとめいつでも大宝寺領へ入れるようにしておけ、砂越側もしくは伊達側が動くまでは揚北で待機せよ。先に庄内に入れば、それを大義名分とされる恐れがある。敵側が動いたら直ぐに庄内に入れ」
「承知いたしました」
「砂越家が動いたら、直江実綱、柿崎景家は第2、第3軍共に、儂と船に乗り酒田湊に入る。今回は弟の長尾景康を同行させる」
「承知しました」
「第四軍は親父殿に預け、越後府中と信濃の警戒とする。後は伊達稙宗のお手並み拝見だな」
庄内における伊達との戦に向けて動き始めた。
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