第46話 野望

享禄元年12月初旬(1528年)

出羽国庄内では既に、雪が降り始めて冬の季節が始まろうとしていた。

出羽国庄内の北にある飽海郡あくみぐん砂越城の主である砂越氏維すなごしうじふさの下に一人の男がやって来ていた。

「陸奥守護伊達稙宗が家臣で田村平四郎と申します」

「砂越氏維である。雪の中、遠路おいでになられたのは如何なることで・・・」

「砂越殿は、砂越家の現状に満足されておりますか・・・」

目を細める氏維。

「それは、如何なる意味ですかな・・・」

「そのままでございます。今のままならどこまで行っても何年経とうと大宝寺の下で小さな領地のまま、こき使われるだけでございましょう・・・それで満足かと・・・」

氏維は元々大宝寺の一族の人間。砂越家の当主と嫡子が大宝寺との戦で亡くなった為、砂越家を大宝寺家の下に置くために大宝寺家から送り込まれていた。

氏維からしたら独立する絶好の機会であり、度々大宝寺と衝突していた。

当然、大宝寺に代わり、この出羽国庄内を手に入れたい思いはある。

「・・・・・」

「我らと手を組ませんか・・・我らが主、陸奥守護である伊達稙宗様は砂越様を高く評価されております。こんな小さな領地で収まる人物ではないと見ておられます」

「それで・・・・・」

「その武勇と才能をこんな小さな領地で終わらせるなど・・・勿体無い・・実に勿体無い」

「伊達殿は、儂に何を望んでいるのだ・・・」

「伊達稙宗様は、無能な大宝寺に代わり、武勇と知略に優れた砂越氏維殿に庄内を治めさせてみたいとお考えです。どうです、素晴らしいと思いませんか」

「・・し・・しかし・・」

「無能な大宝寺など倒してしまえばいいのですよ」

「・・だ・・だが・・・」

「心配無用。必要な支援は惜しみません。既に最上家は我らの下に降っております。出羽国南部では半分以上は我らのものとなっております。戦って敗れ降るのと、最初から我らに与して重要な地位を占めるのとどちらがいいのかお分かりでしょう」

「・・・支援とは・・・」

「我らが兵を出すためには、大義名分が必要。砂越殿が大宝寺に攻められた故、我ら伊達が助けに来るということにすれば、いくらでも兵を出してお助けできます」

伊達家からの支援は魅力的だ。伊達の支援があれば大宝寺を倒し、出羽国庄内を掌握も可能だ。

「・・・・・」

「これは、我らが主人、伊達稙宗様から砂越殿への約定でございます。大宝寺を倒した後は、庄内の全てを砂越殿に任せるとの内容となっております。お確かめを・・・」

書状を開き、約定の中身を読み始める砂越氏維。

何度も頷きながら約定を読み込んでいく。

大宝寺を倒すために伊達から兵を出す用意があること、大宝寺を倒した後は出羽国庄内を砂越氏維に任せる。その代わり、砂越氏維は伊達稙宗に臣従することが記載されている。

陸奥守護伊達稙宗の署名と花押もしっかり入っている。

「承知した・・・時期は来春の田植えの後として、詳細は来春に詰めましょう」

「素晴らしきご決断感謝いたします。主人伊達稙宗様も喜びましょう」

田村平四郎は、頭を下げながらほくそ笑んでいた。





享禄2年4月初旬(1529年)

特注で作らせていた安宅船3隻が完成した。1隻は上杉水軍の旗艦として使い、残り2隻を大陸との交易に使う予定だ。横幅が15m、全長が50mを超える大型船だ。船にガレオン船のような竜骨はまだ無いが、日本海の荒波を越えていくために越後の船大工達の創意と工夫を込めた船だ。南蛮人のガレオン船と比較しても、大きさも性能も遜色無いものだと思っている。

試験運用の結果問題なしとの事で、交易船の出発準備に入った。

上杉側交易船団の隊長は、向井長親と決まった。

船団は北上して出羽で安東側交易船と合流し、さらに北上して蝦夷の沖合から西に向かい海を横断。陸地が見えたら陸地に沿って南下していくルートになる。

この時代、未だ日本海側にはロシアは進出して来ていない。ロシアが日本海側に進出してくるのは確か江戸時代の安政の大獄の前後だったはず。それまでは遊牧民や少数民族、女真族しかいない地域だ。

「良いか長親、最も大事な事は全員無事にこの越後に帰って来る事だぞ、それを忘れるな」

「承知いたしました。必ずや全員無事に越後に帰って参ります。晴景様より手に入れるように仰せつかった件も、必ずや手に入れて参ります」

「頼むぞ」

向井長親には、高麗人参を含めた生薬の苗、腕の立つ白磁の陶工の獲得を伝えてある。

向こうは職人の地位が低い。いい条件で暮らしていけるなら必ず来てもらえると思っている。

此方から持って行く交易品には、鉄製品を少し多めにしている。

女真族が鉄製品を欲しているからだ。明国が女真族が力を持つ事を恐れ、作りかえれば武器となる鉄製品が必要以上に女真族に渡らないように制限をかけているためだ。

女真族からしたら、農作業の鉄製道具は多く欲しいところだが、制限をかけられているため思うように農作業もできず、収穫量も上がらない。

収穫量が少なければ、女真族の人口も増えず、人口も少なく武器も無ければ明国に抵抗できないであろうとの考えが透けて見える。

そのため、鉄製の数打ちの日本刀(量産品)や鉄製の農機具なども持っていく。

もっとも、女真族が力を持ち明国を倒し、国名を清と名乗るのはあと100年後だ。我らが少々渡したところで問題はないだろう。

長親達船員が船に乗り込んでいく、2隻は桟橋を離れ直江津を沖へ出ると大型の帆を広げた。

帆は海風を受け大きく膨らむと、船は速度を上げ一路出羽国へと向かった。

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