第45話 権謀術数

享禄元年11月下旬(1528年)

陸奥国伊達郡梁川城(現在:福島県伊達市)の一室にて伊達稙宗だてたねむねは、家臣からの報告に渋い表情をしていた。伊達稙宗は、独眼竜と呼ばれた伊達政宗の曾祖父にあたる伊達家14代目当主。40歳ほどの年齢で戦国大名としては脂が乗っている頃だ。

側室も多いため子供も多く、その子供達を使い婚姻外交を積極的に行って勢力を急拡大させていた。周辺の有力大名や国衆に対して、女は正室や側室として、男は入婿や養子として送り込んでいた。事実上の婚姻による他家乗っ取り作戦である。他家は腹の中では舌打ちしながらも受けいれるしか選択肢が無かった。

最上家と戦いでは、長谷堂城において最上を打ち破り、和睦条件として最上家当主である義定の正室に伊達稙宗の妹を送り込むこととした。将来、最上家の乗っ取りを狙った一手である。

義定が嫡子を残さず死去すると、伊達の影響力拡大を恐れた最上家の家臣達が起こした反乱を、速やかに鎮圧することに成功。事実上、最上家を伊達家の支配下に組み込んだ。奥州においては、まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いの大名。

そんな伊達稙宗が渋い表情をしている。

「越後が上杉晴景の下でまとまるか・・・」

伊達稙宗は、まとまらない越後国に介入する機会を狙っていた。少なくとも揚北衆は従わないものとみて、必ず紛糾し騒乱状態となると見ていた。

そして、理由はどうであれ形だけの大義名分さえあれば介入するつもりであったが、大義名分を得られないまま越後国が上杉晴景の下でひとつにまとまってしまった。

「早く越後に手を回すべきであったか・・・しかも、出羽の安東と同盟だと・・・このままでは日本海側が上杉と安東の独壇場となりかねんな・・・・・」

「出羽の安東家の統合に越後上杉が手を貸したとの噂が出ております。安東尋季と敵対していた湊安東の水軍衆を越後上杉の水軍衆が叩き潰し、手薄になった湊安東を安東尋季が攻め、湊安東を丸呑みにしたと言われております」

「越後上杉の水軍衆はそれほどに強いのか・・・」

「かなりのようでございます。湊安東の水軍を完膚なきまでに、一方的に叩き潰したとのことです」

「・・・一方的にだと・・・そこまでの戦力か・・・湊安東の水軍はかなりの強さと聞いていたぞ・・・その水軍を叩き潰すとは・・・」

「その後、上杉晴景からかなりの支援を受けているらしく、安東尋季が急速に力をつけてきて、出羽国北部の他の国衆や豪族を次々に飲み込み始めております。近々出羽国の北半分は安東家が統一する勢いとなってきております。特に、日本海側の海の上に関しては、完全に越後上杉と安東による独壇場と言っていい状態となってきております。春になれば安東家と越後上杉家の関係をより強固にするため、上杉晴景の弟長尾景康の正室に安東家より輿入れとなるようです」

「・・・まったく・・・上杉も色々と余計なことをしてくれる・・・」

「さらに、庄内の大宝寺家は、揚北衆の国衆には縁戚にあたる家も多いため、揚北衆の勧めにより上杉に接近する動きが出ております」

「チッ・・・少なくとも出羽国庄内と越後国揚北は手に入ると見ていたが・・・・・物事はなかなか上手くいかんものよ。せめて、出羽国庄内は押さえたいな・・・さてさて、如何したものか」

「春の田植えが終わり次第、庄内を取りにかかりますか・・・」

「大義名分が必要だ。ならば・・・ここはひとつ、火の無い所に煙を立てるとするか・・・」

「・・なるほど・・・揉め事さえあれば介入の口実に・・・」

「急がねば庄内の美味しいところを全て上杉に取られてしまうぞ。今からしっかりと種をまいておかねばならんな・・・春にはしっかり芽吹くようにな・・・ああ、そうだ、その時には何かと反抗的な最上の連中を最前線で使うか、潰しあってくれれば好都合だ・・・」

伊達稙宗は口元に笑みを浮かべていた。

「承知いたしました」



越後府中

春日山城の改修工事が終わり、生まれ変わった春日山城は巨大な山城であり、麓から見上げるその姿は壮観である。越後上杉家の象徴と言ってもいい姿だ。

ただ、山城であるので普段からの政務には向かない。

普段の通常の政務に関しては、平野部に専用の屋敷を作っていた。今で言う役所だな。

屋敷の正面に立つと屋敷の背後に巨大な春日山城が見えるようになっている。

今日は出羽国庄内より客が来ていた。

出羽国庄内の大宝寺晴時であり、まだ16歳である。既に家督を継いでおり国衆の反乱鎮圧の戦にも出陣していた。自分より3つ年下になる。

「遠路ようこそ来られた。儂が越後国主上杉晴景である」

「大宝寺晴時と申します」

大宝寺晴時は頭を下げた。

「今日は、如何なる要件で・・・」

「我ら大宝寺家はいま非常に厳しい状況にございます。出羽国北部では安東家が著しく伸びており、東からは伊達家の手が伸びてきており、東の最上家が伊達家に制圧されて苦しい状態でございます。大宝寺家の配下である砂越家の離反反乱も繰り返し起きております。そこで、上杉家のお力に縋りたくまいりました」

「それは構わんが、そうなると我が配下で家臣となるがよろしいのか」

「家中の重臣たちとも何度も話し合いをいたしました。越後揚北衆に縁戚の者も多数おりますし、酒田湊での交易もございますので、晴景様にお仕えさせていただきたく参上いたしました」

「・・・わかった。今日より大宝寺家は越後上杉の一員として扱うものとする。共に発展して参ろう」

「ハッ・・・よろしくお願いいたします」

「尋季殿、このようになった故、よろしく頼むぞ」

「・・・尋季?・・」

襖を開けて一人の男が入って来て座った。

「儂が出羽国北部を纏める安東尋季である。よろしくな・・・。しかし、晴景殿に庄内を持って行かれたか・・・残念。儂も狙っていたんだがな」

「・・えっ・・安東家当主・・・」

「そうだ。檜山安東の安東尋季だ。安東家は越後上杉とは同盟を組むことになった。大宝寺が上杉側である限り、大宝寺には手は出さん。それより、大宝寺・・・酒田湊を掌握しろ。湊を手にすれば交易により銭が入る。そうすれば銭が儲かるようになる。銭がなければ戦もできんぞ。日本海は我ら安東と上杉が牛耳る。つまり海の交易路を我らが牛耳ると言うことだ」

「フフフ・・・まるで悪事を企む三人による密談だな」

「晴景殿、あんたが一番悪どいかもしれんぞ・・・俺なんぞまだ出羽半国にすぎんのに、あんたは、越後、佐渡、北信濃、越中半国を持っている。石高は70万石を超え80万石に届いてるんじゃないか・・・産出する金銀の価値を考えたら100万石をはるかに超えているぞ」

「所詮、大名なんぞ大悪党でなきゃできんだろう。小悪党程度では大名は務まらんよ」

「ハハハハ・・・違いない。ところで晴景殿」

「なんだ・・・」

「大筒と鉄砲を売ってくれんか・・・頼む」

「またその話か・・・まだダメだと言っただろう」

「来春には縁戚になる。つまり俺と晴景殿は義兄弟ということになる。義兄弟なんだから頼むよ。輿入れの礼は大筒と鉄砲でいいぞ」

結婚式の引き出物に‘’大砲‘’と‘’鉄砲‘’を寄越せと言っている。どんな結婚式なんだよ。

越後府中に来てからこの調子だ。

「しばらくは焙烙玉で我慢してくれ、この件は他との打ち合わせが必要になる。その調整がついてからだ」

「いい返事を期待してるぜ」

「大宝寺殿」

「・・・ハ・・ハイ」

二人の会話について行けない大宝寺晴時は、しばし唖然としていた。

「晴時殿は、敵対している砂越氏の監視と家中に不穏な動きがないかよく気を配っておいてくれ」

「承知いたしました」

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