第44話 軽慮浅謀
享禄元年11月初旬(1528年)
先月初めごろ、小規模ながら一向一揆の恐れがあるとの報告が越中新川郡郡代の椎名長常から親父殿に報告が入っていた。越中国の東半分は、越中守護である能登の畠山氏より、親父殿が守護代を任されていた。
これは、越後の国衆を試す絶好の機会と考え、今回は虎豹騎隊は使わずに越後国衆に招集をかけた。誰を差し向けようかと考えていたら、親父殿が儂が守護代だから儂が行くと言い出した。
確かにそうなんだが、親父殿がやけに張り切っているので任せることにした。
総勢5千人の軍勢だ。上杉の武威を示す意味もあるから良いかもしれん。
だが残念ながら揚北衆の何人かは来なかった。代理すら寄越さなかった。
1ヶ月ほどで鎮圧を終え、帰ってきた。
各国衆の労を労いその翌日に、招集に応じなかった国衆を呼び出した。
揚北衆新発田城主新発田長綱。
揚北衆本庄城主本庄房長。
この二人は1名たりとも兵をよこさず、無視を決め込んでいた。
この二人を中央に座らせ、越中出陣に応じた国衆が二人から少し離して両側に並ぶようにさせた。
「越後守護の名において越中への出陣を命じたにもかかわらず、なぜ出陣に応じなかった」
「我が縁戚の大宝寺殿から援軍要請があり新発田殿と出向いておりました故」
そう言って二人は頭を下げる。
「ほ〜・・・我が命を無視するほどの事件か・・・この1ヶ月間お前たち二人はそれぞれ城から出ておらぬ。家臣たちも庄内には行っていないと複数の報告がきておるぞ」
「それは異なことを言われる。その報告をしたものは、きっと物の怪にでもたぶらかされたのでしょうな・・・」
「そうそう、それに相違ございません」
薄ら笑いを浮かべ完全に舐め腐った態度だ。
「用意せよ」
小姓たちが正面入り口に三人がかりで甲冑を置く。
柿崎景家が火縄に火をつけた状態の鉄砲を持ってきた。
国衆は鉄砲を見たことがない。皆不思議そうに見ている。
すると二人に向かい晴景が鉄砲を構える。
そして、引き金を引いた。
轟音と同時に噴き出す火花と煙。鉄砲は少し口径の大きなもので火薬を多めに入れていた。
鉛の玉は、二人の間を通り甲冑の胴に大きな穴を空けていた。
鉄砲から噴き出た火花が二人にも降りかかる。
二人は大きく後にのけぞっており驚愕の表情を浮かべ呆然とする。他の国衆も唖然としていた。
周囲には火薬の匂いが立ち込めている。
晴景は甲冑を指差す。
「よく見るがいい。この日の本で我が越後上杉だけ持つ新しい武器・・鉄砲と言う。一撃であの甲冑に大きな穴を空ける。あの甲冑は通常の甲冑の2倍の厚さのものだ。既に我が虎豹騎隊ではこの鉄砲を装備した部隊を組織している」
周囲を見渡すと国衆は動こうとせず固まっている。
「さて、そこの二人。これだけ堂々と越後守護たる儂の命を無視。そして越後守護に対して傲慢そのもの。さっさと城に戻り、戦支度をして待っているがいい。儂自ら虎豹騎隊全軍を率いて、お前たちをこの鉄砲の試し打ちの的にしてくれる。伊達でも蘆名でも、好きなところに援軍を頼むがいい。まとめて潰してくれよう」
さっさと広間から出て行こうとしたら声を上げるものがいた。
「お待ちください」
振り返ると中条藤資であった。
「なんだ」
「何卒・・・何卒・・・二人をお許しください」
「これだけ儂に対して堂々と傲慢な態度をとるものをどう許すのだ・・・あとは武士として・・・戦場で決着をつけるしかあるまい。安易に許せば、周囲にますます害悪を成すであろう」
「ですが、そこをなんとか・・・必ずやこの先上杉家のお力になる者たちです・・・」
「・・・ならば・・・中条殿の顔を立て、三日の猶予をやろう。儂や越後の全ての国衆が納得する形で忠節心で示してみせろ。切腹は認めんぞ。誓詞などは、さらに論外だ。紙にいくらもっともらしいことを書いても破る奴は破る。たとえ熊野誓詞であってもだ。できなければ三日後に戦場で顔を合わせることになろう。宇佐美定満、直江実綱、柿崎景家、三日後に全軍出陣の準備をせよ」
「承知。我ら虎豹騎隊は常在戦場。一刻あれば6千の軍勢がすぐに出陣できます」
直江実綱の言葉に国衆たちが顔色を変える。
まず普通は6千人も一刻で出陣の準備はできん。
虎豹騎隊は既に第四軍の編成に入っており、実質は8千人いる。信濃善光寺平の守備兵を差し引いても十分に動員できる人数だ。
国衆を残し、親父殿と主だった者達と共に広間を後にした。
「新発田殿、本庄殿。腹を括らねば両家とも終わるぞ。晴景様は本気だぞ」
新発田長綱、本庄房長の二人に話しかける中条藤資。
「・・・いくら何でも・・戦には・・」
「・・そ・・・そうだ・・・」
「儂の言葉を聞いていないのか、晴景様は本気だと言ったはず。いいか、よく聞け。海は能登から蝦夷までは上杉と安東の水軍で牛耳る状況となっている。安東水軍は晴景様にとても協力的だ。つまり海において敵無しとなっている。さらに北信濃の国衆は全て晴景様に臣従している。さらに直属の虎豹騎隊と呼ばれる赤備の軍勢、そして鉄砲と呼ばれる新たな武器。勝ことは無理だ」
「・・越・・・越後の国衆が協力してくれれば・・・」
新発田長綱の言葉に呆れたように中条藤資は話す。
「新発田殿・・・誰が協力してくれるのだ・・・今の越後において、国衆で晴景様に逆らうものはいないぞ。晴景様は6千人の軍勢と言われたが、実質8千人の軍勢をお持ちだ。しかもその軍勢は農民では無い。年中、戦の訓練と武芸の鍛錬をしている精鋭たちだぞ。いいか、越後国衆や農民の力を借りずとも、晴景様単独で8千人の精鋭とも呼べる軍勢をすぐさま用意できる。虎豹騎隊の見習いと呼ばれる者を含めたら1万人を越える軍勢を用意できるのだぞ。そんな方といかにして戦うつもりだ。他国の大名家でも、国衆や農民に頼らず単独で圧倒的な戦力を持つこのような大名家は無いぞ」
「・・・・どうしろと・・・」
「だから、晴景様に逆らわないことを示すことが必要だ」
「・・・我らにどうしろと・・・」
「切腹も誓詞も認めんとのことだ・・・あとは、妻子を人質として差し出すしかあるまい」
「・・・な・・なんだと・・妻や子を人質として差し出せだと・・」
「それしか無い・・・時代が大きく変わろうとしている。この越後で、一領主が好き勝手に振る舞う時代が終わろうとしているのだ」
目を瞑り、大きくため息をつく新発田長綱。
「・・・承知した・・・妻子を晴景様にお預けする。中条殿、取り成しを頼む・・・」
新発田長綱は深く頭を下げた。
「本庄殿は・・・」
「・・・承知した・・・儂も晴景様に妻子をお預けする。中条殿、よろしくお願いする・・」
「承知した。この中条藤資。必ずや晴景様にお二人のお心をお伝えする」
新発田長綱と本庄房長が、妻子を人質として晴景の下に出すことで、騒動の決着が図られることとなった。
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