第43話 それぞれの道

道場に赴くと、愛洲久忠殿と上泉信綱殿が待っていた。

上泉信綱殿が上野国に帰ることになった。国元からいい加減帰って来いと手紙が届いたそうだ。

「晴景様、1年もの長い間、剣術修行のために逗留をお許しいただき有難うございました」

「私も上泉殿と知遇を得て、多くのことを学ばせていただきました」

せっかく剣聖上泉信綱と知り合えたのだが、領地のこともあり無理は言えない。

「晴景様、信綱殿。儂から二人に渡す物がある」

愛洲久忠殿は、何本かの巻物を出してきて二人のお前に置いた。

「二人に陰流の印可を渡すことにする」

陰流の全てを伝授された証となる印可を二人に渡すと言う。

「上泉殿は当然ですが、この私はそこまでの器ではありません」

晴景の言葉に二人は、笑い出す。

「何を言われるかと思えば・・・・・晴景様が印可を受けねば誰が受けるのです。その資格はあります」

上泉信綱殿の言葉に愛洲久忠殿も頷く。

「信綱殿の言われる通り、晴景様にはその資格がある。それはこの愛洲久忠が断言いたします。晴景様に最初に受け取っていただきたい」

愛洲久忠殿が印可状を差し出してくる。

それを恐る恐る受け取る。

「兄弟子である晴景様の印可、おめでとうございます」

未来の剣聖に兄弟子と呼ばれてしまった。

「・・あ・・・有難う・・」

手にした印可状を見つめている。

「次は、信綱殿に印可を授ける」

「有難うございます」

上泉信綱殿も愛洲久忠殿より印可状を受け取った。

「信綱殿、おめでとうございます」

「有難うございます」

愛洲久忠殿も満足そうな笑みを浮かべている。

「まさか、二人同時に印可状を出す日が来るとは思わなんだ」

「この印可状は、師である愛洲久忠殿の指導の賜物。我が生涯の宝となりましょう」

晴景の言葉に上泉信綱殿も頷く。

「信綱殿、いつでも訪ねて来られよ。いつでも歓迎しますぞ」

「有難うございます。いつかまた訪ねてきたいと思います」

上泉信綱殿はそう言って上野国に帰って行った。




部屋に一人でいると志乃がやってきた。

「晴景様、お話がございます」

何か思い詰めたような表情だ。

「・・何かな・・・」

しばらく黙っていたが意を決したように口を開く。

「晴景様、側室をお持ちください・・・」

「えっ・・・・なぜ・・・」

「・・私では子ができませぬ・・・・・」

「そう決めつけるのはまだ早かろう」

「晴景様と医師田代様のお話を立ち聞きしてしまいました・・・」

「・・・・・・」

黒田の謀反のおり、自分を庇って黒田の刃をその身に受けた。懐の手鏡のお陰で致命傷にはならなかったが一部腹部に深い傷を残した。田代殿は絶対ではないが、もしこの傷が子宮まで達していたら、子が出来にくいかもしれないと懸念を示していた。その時の話を聞かれていたようだ。

この時代の医療ではこれ以上はどうにも出来ない。後は天に任せるのみ。

「世継ぎがいなければ家中が揉めます。どうか側室を・・・」

泣き出しような表情で訴えかけてくる。

「実子がいても、揉めるときは揉める。側室はいらん。世継ぎが生まれないなら血縁の濃いものから養子を取ればいいだけだ。気にするな、儂は正室の志乃が居ればいい」

志乃をそっと抱きしめる。

すると志乃は声を上げて泣き始めた。

気がすむまで、涙が収まるまでそっと抱きしめ続けた。

しばらくして気が治まってきて、涙も収まったようだ。

「晴景様、申し訳ございません」

「人目なんぞ気にするな・・」

「晴景様、一つお願いがございます」

「なんだ・・・」

「何か晴景様のお役に立ちたいのです。最近できた‘’育成座‘’を私に任せていただけませんか」

泣き腫らした目で真っ直ぐに見つめてくる。

「・・・・・」

「お願いします」

「いいのか・・大変だぞ」

「はい・・わかっております。お願いします」

なおも真っ直ぐに目を逸らさずに見つめている。

許可するまで諦めそうに無い。さらに袖を握って離しそうに無い。

「・・・わかった・・・やりたいようにやってみよ・・全て任せよう」

「はい!」

「困ったことや相談事はしっかりしてくれ。一人で駆け込むなよ」

「わかりました」

泣き腫らした顔が笑顔に変わっていた。




医師田代三喜殿の定期診断を受けていた。

「晴景様の脈は正常。触診の結果も異常は見られません。このまま体質改善の生薬を続けられてよろしいかと思います」

「お陰で、昔と違い寝込むことも無くなりました」

「それはよかった。晴景様が作られた薬草園でとれた生薬を使っております。すぐに生薬を手に入れられるので助かっております。これほど広大な薬草園はおそらく他には無いでしょう」

「そう言っていただくと嬉しいです。まだこれから色々な薬草を集めて栽培していきたいと思ってます。いま、医学塾で学んでいるのは30名ほどでしたか」

医師を育成する医学塾を作り、田代三喜殿が最新の明国の医術を指導していた。

同時に新田開発で広げた田畑の公田で広大な薬草園を作り、希少な薬草類の増産に努めていた。

さらに、収穫された生薬から新たな薬の開発が進められていた。

「そうです。やや少ないですね。もう少し熱意のある者が多いといいのですが・・・晴景様、そういえば、面白い若者が1名入門を希望してきております」

「ほ〜・・入門希望者ですか、それはいい事ですね」

「関東の足利学校で学ぼうとして、旅の途中でこの越後領内にて体調を崩し、私が手当いたしましたら、大変感動されぜひ医学を学びたいとのこと。よろしいでしょうか」

「熱意のあるものは歓迎します。ぜひ医学を教えてあげてください。その者の名は・・・」

「京の都の出で、曲直瀬道三という若者です」

未来の名医、曲直瀬道三じゃないか。師匠となる人が足利でなく越後にいるのによく越後に来たものだ。

師匠と弟子は自然に呼び合うのだろうか。

「それと、田代殿にぜひお願いしたいことがあります」

「なんでしょう・・・」

「今の世は戦の多い戦乱の世であり、刀、槍、弓矢による多くの怪我人がおります。治療には金創医(戦国時代の外科医のようなもの)による治療が必要ですが耐え難い痛みが伴います」

麻酔薬も無しに傷口の縫合などをやるのだ。まず、普通の人間には耐えられん。

痛みで暴れないように治療を受ける人を数人で抑え込んで行うのだ。

考えただけで背筋がゾッとしてくる。

「確かに・・・」

「痛みを取る。痛みを緩和させ、気にならない程にする。そのような薬を開発していただけませんか・・・大陸ではその昔、華佗かだと呼ばれた名医がそのような薬を使っていたと聞いたことがあります」

「・・・神医華佗の麻沸散でございますね・・・明に渡って修行しておりました時に華佗に関する書物をいくつか目にしております・・・取り組んだとしてもいつ出来るか、もしかしたら完成できずに私がこの世を去るかもしれません・・・そうなってもよろしいですか・・・」

「これから先の世に必要な物です。必要なものはなんとしても用意します。お願いいたします」

晴景は田代殿に頭を下げる。

「晴景様・・・頭をお上げください。あなたは越後の守護。国主なのです。軽々しく頭を下げてはいけません・・・一言、この田代三喜にお命じ下さい・・・麻沸散を作れと・・・」

「・・・田代殿・・・」

「麻沸散のことは承知いたしました。弟子の育成と共に、我が人生における最大の仕事となりましょう。この田代三喜に全てお任せください」

医学塾で弟子の育成、新たな薬の開発に加えて、麻酔薬の開発が始まった。

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