第42話 産業育成

享禄元年8月下旬(1528 年)

8月20日から元号が大永から享禄へと変わった。この頃はよく元号が変わる。災害や疫病があると厄祓いのために元号を変えることが多かった。

蔵田五郎左衛門の勧めで農閑期の農民の仕事の一つとして蝋燭作りを行うことにした。この時代、蝋燭はかなりの高級品。百匁ローソク1本(高さ32センチほど)で少なくとも200文はする。庶民は鰯などからの魚油、少し金のあるものは植物油で夜の灯りをとっていた。

現代ローソクの材料パラフィンなんて作れない。この時代に簡単に作れるとしたらはぜの実もしくは蜂の巣を使った蜜蝋だそうだ。簡単とは言ったがかなり手間がかかる。蜜蝋は蜂の巣を使うため蜂に襲われる危険を伴うが、櫨の実の蝋燭は、櫨の木から収穫される櫨の実から安全に作ることができる。蝋燭を産業として育成するため、櫨の木を多く植えるように指示を出し、公田の一部に櫨の木の畑を作るように指示も出していた。

そこに、蔵田五郎左衛門がやってきた。

「晴景様、人集めをしておりましたら妙な男がおりました」

越後領内は開発ラッシュで人手不足が続いている。虎豹騎隊、水軍、信濃川河川改修と人集めが必要となっており、他国からも多くの人がやってきている。

「五郎左衛門、妙な男とは・・・」

「信楽の窯元で陶器を焼いていたそうで、この越後でも陶器を作りたいから窯元を紹介してくれと言われました」

「窯元だと・・・そんなもん今の越後にはないぞ・・・」

「ハイ・・・それならばいっその事、その男に陶器を作らせてみてはどうでしょう。この先、陶器は需要が増えていくと思われます。領内で作れれば、他から買う必要はなくなり、逆にこちらから売り込むこともできるかと」

「その男は、本当に作れるのか」

「その男から素性を聞き、確認のためすぐさま人をやり確認させました。その男は信楽のとある窯元の末っ子で父親の後妻との折り合いが悪く、家を飛び出してきたそうです」

晴景は目を細め話を聞いていた。

「・・・五郎左衛門・・・その話は本当か・・・話が出来過ぎだぞ。先々月、儂がふと越後で陶器を焼ければと言っていたことを聞いて呼んだのではないか・・・」

蔵田五郎左衛門は苦笑いの表情を浮かべ

「晴景様には敵いませんな・・・正直に言いますとその男の父親と面識がございます。私と同じ伊勢御師の仲間の一人で、信楽の地で窯元をしております。その男から息子が後妻と折り合いが悪く困ったと相談されましたので、それならいっその事、越後の地で窯元として独立させたらどうかと話を持ちかけました」

「やれやれ・・・最初からそう言ってくれ・・・腕は確かなのか」

「腕は確かでございます」

「会ってみよう・・・ここに呼んでくれ」

「承知いたしました。しばらくお待ちください。すぐに呼んで参ります」

しばらくすると五郎左衛門は一人の若者を伴って戻ってきた。

若者は緊張しているのか部屋に入るなりすぐに平伏した。

「名は何という」

「道八と申します」

「陶器を焼くことに自信はあるのか」

「物心ついた時から親父についてやってきましたから自信はあります」

「・・・一つ条件を出そう」

「条件・・・」

「窯を作る金や必要なものは全て揃えてやろう。その代わり今のお前が作れる最高の物を焼いてみろ。儂が納得いくものを作れたら、直接召し抱え上杉家直属の窯元としてやろう。どうだ」

「ぜひ、やらせてください」

道八は顔を上げてまっすぐにこちらを見返してきた。いい面構えだ。

「いいだろう。五郎左衛門、窯を作るところからやらねばならんから、一人ではできんだろう。必要な人や物を全て揃えてやってくれ。銭はこちらで持つ」

「承知いたしました」



享禄元年10月中旬(1528年)

道八から自信作ができたとの報告が来たので確認することにする。

いくつもの碗や器が並べられていて、どれもいい出来だ。十分に売り物にできる出来栄えである。

蔵田五郎左衛門も満足そうだ。ふと見ると奥に布をかぶせたものがある。

「道八。それはなんだ・・・」

「この布の下に今の私が作れる最高のものがあります」

「見せてくれ」

道八が布をとると真っ白な器や皿があった。

「・・何・・・これは・・・白磁か・・・」

「・・これを白磁と呼べるのか・・・白磁と呼んで良いのかどうか分かりません。白い土と白い石が山奥にあると猟師の者に聞いたので、その白い土と石のところに案内してもらい。その土と石を集めて持ち帰り、白い石は粉になるまで砕いて白い土と混ぜで器を作り、釉薬うわぐすりをかけで焼いたらこの白磁のような物ができたのです。この白磁のようなものを作るのに、色々と何度も試しながら取り組んだため、少し時間がかかってしまいました。ですが昔見た明国から入ってきた景徳鎮の白磁と比べると、まだまだ作りが甘く私の中では白磁とは言えないのです。さらなる改良が必要な段階です」

おそらく焼く温度違いだろうな。確か通常の焼き物よりも高い温度が必要なはず。

具体的にどうすれば良いのかは、焼き物の趣味は無かったから詳しいことが分からん。

安東家と共に大陸との交易を行う時に、白磁の専門家をスカウトしてくるのがいいかもしれん。

「晴景様、この日の本の国で白磁が焼けるのは大変なことです」

五郎左衛門が興奮気味に言う。

「白磁は未だに明や朝鮮の国でしか作っておりませぬ」

五郎左衛門は興奮が収まらぬようにいろいろな角度から白磁を見ている。

「道八。見事である。これからさらに時間をかけて改良していけば良い。約束通り道八を上杉家お抱えの窯元として正式に雇いれることとする」

「ありがとうございます」

「越後府中に屋敷を与え、さらに窯を作る土地を与えよう。ただし、白い陶器に関しては秘密の厳守を徹底せよ。通常の陶器などは、道八が指導した者にさせても良いが、白い陶器は全てお前の目の届く範囲で行え」

「ハイ」

越後の地に越後焼きと呼ばれることになる窯元の誕生である。特に、白い陶器は後に越後白磁と呼ばれ最高級品として取り扱われることとなる。

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