第40話 佐渡沖海戦‘’急‘’
評定の間に親父殿、重臣たちが集まり定例の評定を行っていた。
そこに慌ただしく入ってくる家臣。
「晴景様、出羽国の安東家より急ぎの使者が参っております」
「出羽からの使者だと・・・わかった。通せ・・」
疲れ果てた表情をした男が入ってきた。
「お初に御目にかかります。出羽国安東尋季の家臣、奥平六右衛門と申します。我が主人より越後国主上杉晴景様に急ぎの知らせがあり越後に参りました。我ら檜山安東家と敵対している分家湊安東家が佐渡に向け水軍を差し向けているとのことでございます。檜山安東家の水軍が蝦夷に出払っているため止めることができず、申し訳ございませぬ。分家ではございますが敵対している相手ゆえ、湊安東の水軍は全て討ち取られようとも恨みはいたしませぬとのお言葉でございます」
「なぜ、湊安東なるものたちの水軍が此方に攻めよ押せてくる」
「おそらく、先般越後の海にて打ち取られている海賊衆は、湊安東と関係の深いものたちばかりと聞いております。その逆恨みではないかと」
「湊安東はどの程度の戦力か・・・」
「600石ほどの安宅船1隻、関船50隻でございます」
「・・・面白くはないが、降りかかる火の粉は払わねばならん。向井忠綱」
「ハッ!」
「直ちに、上杉水軍全軍を率いて討ち取って参れ」
「承知いたしました」
向井忠綱はすぐさま評定の間を出て湊に向かう。
「それと我が主人よりの書状でございます」
直江親綱が書状を受け取り、渡してくる。
書状には、先ほど奥平が話した内容が丁寧に書かれていた。
「ここからは、我が主人から上杉晴景様への書状に残せぬ極秘のお話でございます。人払いを・・・・」
親父殿、直江親綱、山吉豊守を残し、他の者達を下がらせた。
「残っているものは大丈夫な者たちだ。話とは・・・」
「我ら檜山安東家の先祖の安東家は、その昔、渤海の国と直接交易をしておりました。渤海が滅んでから交易ができずに交易そのものが止まっておりました。ですが昨年より極秘に大陸の豆満江にて朝鮮と明国の女真族を含めた直接交易を始めております。上杉晴景様が望むなら、交易に加わっていただきたいとの話でございます。ご返事は後日で結構でございます」
明国は周辺国との交易を厳しく制限していた。朝鮮も明国に倣い私的な交易を制限していた。
明国と交易をするためには勘合符と呼ばれる証明書が必要であった。日の本の国で割符を持っているのは、大内家だ。周防、長門、石見、安芸、筑前、豊前、山城の7カ国の守護である大大名だ。
勘合符がなければ、正式な交易ができない。
要するに密貿易のお誘いだ。うまくいけば莫大な利益とななる。
「・・・なるほど・・・邪魔者を消してもらう代わりの謝礼代わりということか・・・」
「我ら檜山安東を通せば、蝦夷との交易もできましょう」
「わかった。考えておこう。まずは、降りかかる火の粉を払ってからだ」
「急げ急げ、敵は待ってくれんぞ」
慌ただしく出港準備に追われる水軍兵たち。
水軍奉行向井忠綱は、事実上の水軍同士の戦闘に燃えるものを感じていた。
「フフフ・・・久しぶりに血が沸るのを感じる・・・」
「直江津軍、出港準備完了。いつでも出港できます」
「出港せよ」
直江津からは、安宅船1隻、関船20隻が桟橋を離れ出羽国方面に向かう。
柏崎津沖では、安宅船1隻、関船10隻が既に待機しており、直江津からの船団に合流。
更に柏崎からは、物見役として先行して小早船5隻を出港させていた。
上杉水軍は帆を広げ風を受け、更に出羽国方面に向かい流れる潮の流れに乗り、ぐんぐん速度を上げていく。
暫くすると先行させていた物見役の小早船が随時戻り、敵の動きを知らせてくる。
「敵船団は、我らの進路上にて待ち構えております」
どうやら、此方の進路上にいるようだ。
「敵影確認。鶴翼の備えを敷いているものと思われます」
「ほ〜。一人前に陣形を敷くか・・面白い」
徐々に敵船団が見えてくる。上空から見たら鳥が羽を広げたような形で船が展開している。
「予定通り、魚鱗の備えで敵中央大将船に向かって突撃し、同時に左右の鶴翼の羽を叩き潰す」
「承知しました」
独特のリズムで法螺貝の音が鳴り響く。
安宅船2隻を中心に魚鱗の備えに組み変わっていく。
「折角遠路はるばる来てくれたんだ。とびっきりの冥土への挨拶代わりだ。100匁砲を用意せよ」
口径が約40ミリの大型の火縄銃が2隻の安宅船の先端部にそれぞれ3門用意された。
この時代、鉄砲や大筒の大きさは使われる弾丸の重さで示されていた。100匁だから弾丸の重さは375g。現代だと五円玉の重さが1匁と言われている。五円玉100枚分の重さの鉛の玉が、目にもとまらぬ速さで打ち出される。船は鉄製ではなく木製のため、当たれば簡単に大きな穴が空くことになる。通常の鉄砲は2匁半。多少大きなもので10匁ほどだ。
「敵大将船に向かって放て!」
合計6門の100匁砲が一斉に轟音と共に火を噴いた。
「6発のうち、3発が敵大将船に命中。1発は手前の敵関船に命中。2発外れ。敵関船は沈没。敵大将船は船体が傾きかけています」
「直ちに、第2射の用意を急げ」
敵船団は、何が起きたのか理解できないでいた。
上杉の安宅船の先端から轟音と同時に火が噴き出したかと思ったら、敵から離れている味方の関船が1隻沈没して、大将船が大きく船体を傾けている。
「敵鶴翼の備えの羽を叩き潰せ」
向井忠綱の指示で太鼓を一定のリズムで叩く。
すると、上杉水軍の魚鱗の備えの両端の関船の一群が鶴翼の羽に進路を変え、焙烙玉を投げ始める。次々に爆発する焙烙玉。ある船は沈み、ある船は船体が大きく傾き、またある船は完全に動きを停止した。
暫くすると、鶴翼の羽は完全に動きを止め沈黙した。
「第2射、準備完了」
「敵大将船に向かって放て!」
再び、6門の100匁砲が火を吹く。
「敵大将船に3発命中。3発外れ。敵大将船更に傾いています」
「第3射、準備急げ」
上杉水軍の船団は敵船団に接近していく。
「敵関船が近づいてきます」
「焙烙玉と鉄砲を準備せよ」
安宅船の乗組員が焙烙玉の投擲準備と鉄砲の射撃準備を始める。
「焙烙玉投擲、鉄砲射撃始め!」
上杉水軍の安宅船から焙烙玉の投擲と鉄砲による射撃が始まる。
こちらの船はさらに敵大将船に近づいていく。
「第3射、準備完了」
「敵にとどめを刺してやれ。第3射、放て!」
100匁砲が三度目の砲撃を行う。
「全弾、敵大将船に命中。敵大将船が沈みます」
傾いていた大将船が今ゆっくりと沈み、その姿を海中に没した。
「100匁砲は準備出来次第、残りの船を自由に狙い撃て」
100匁砲が次々に火を噴き、敵船を沈めていく。
逃げ惑いながらも弓を放つ敵船。
しかし、反撃もままならず次々に沈んでいく。
やがて、100匁砲、鉄砲、焙烙玉の音がしなくなり、海風の音だけが海域に鳴り渡る。
それは、同時に敵船団湊安東水軍が壊滅した瞬間であった。
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