第39話 佐渡沖海戦‘’破‘

出羽国檜山城主の安東尋季あんどうひろすえは、城の一室で間者総差配役であり知恵袋でもある片野信満より報告を受けていた。

「越後上杉を継いだ上杉晴景はかなりの人物と見受けます。豊富な佐渡の金銀を背景に短期間で強力な軍勢を組織し、ほぼ越後を統一しかけており、更に北信濃をほぼ手中に納めております。そして、越後国内で宋銭に代わる新しい銭を発行して領内の取引が活発化しております」

「新しい銭だと」

「天下泰平銭と呼ばれる金銭、銀銭、銅銭にございます」

そう言って、和紙にのせた銭を目の前に出してくる。

「こいつは驚いた・・・どうすればこんなもんを考えつく・・・」

天下泰平と刻まれた小判を手に取り表裏とじっくり見る。

「先般報告にあった、越後上杉家が組織した越後上杉水軍はどうだ」

「越後上杉水軍と言われておりますが実態は、紀州の熊野水軍のうち、向井水軍を丸々引き抜いて中核に据えており油断のならない相手でございます」

「ほ〜、悪名高き紀州の熊野水軍を引き抜いてくるか・・・よくもそんなことを思いつくもんだ。普通考えつかんぞ・・」

「お言付け通りに、配下の者達を商人に仕立てあげ、分家の湊安東家と関係の深い海賊衆のうち越後に近いものたちを焚き付けさせて、上杉にぶつけてみましたがことごとく敗北・・いや、敗北などという生優しいものではなく。ほぼ一方的にやられ壊滅状態にされたようです。上杉水軍側は多少の手傷は負いましたが、実質的に無傷と言って良いかと思います」

「湊安東側の海賊衆側が一方的にやられたと言うのか」

驚愕の表情をする安東尋季。

「ハイ」

「なぜだ・・・いくら相手の実態が熊野水軍でも一方的は無いだろう」

「おそらく、火薬を使っているものと思われます。海賊衆が上杉水軍と戦っているときに、付近を通過していた当家の商船と護衛の安東水軍の者が爆発音を聞いており、風に乗って微かに火薬の匂いが流れてきたと言っておりました」

「火薬か・・・」

「越後国内で敵対勢力を叩くために、戦のおりに焙烙玉と呼ばれる火薬入りの陶器のようなものを敵に大量に投げ込み爆発させ、敵の先陣を壊滅させたとのこと。おそらく同じ手法かと」

「戦って勝てるか・・・」

「我らには些か悪い相手かと・・・勝つには近づかねばなりません。しかし近づくと船に焙烙玉を投げこまれ船ごと沈められます。沈められないためには離れるしかありませんが、離れたら攻撃手段が弓しかなく、勝つことは無理かと思われます。水軍全軍で全滅覚悟ならいけるかと思いますが、受ける被害を考えたら割に合いませんな」

「火薬は我らの交易相手、明国の女真族との密貿易からでも多少は手に入るが、戦で使えるほどのまとまった量の入手はなかなか困難。しかもかなりの高額。どこから火薬を手に入れている」

「越前小浜湊に常駐している代官の情報では、堺の天王寺屋が動いているとのこと」

「堺の大商人か・・・入手先を潰すのは無理だな・・・なんでそんな大商人が味方してるんだ。堺の大商人なんて、俺たちみたいな辺境の大名なんて相手にせんだろう・・・佐渡の金銀か・・」

「佐渡に金銀が発見されるより少し前からのようですが詳細は分かりません。ですが、かなりの頻度で越後と堺を往来しているとのこと。かなり強い結びつきのようです」

「う〜ん・・上杉との喧嘩は割に合わんな・・・手を組んでお互い利用し合う方が得か・・・」

「その方がよろしいかと」

慌ただしい足音が聞こえてきた。

「一大事にございます」

慌てた様子で家臣の奥平が飛び込んできた。

「どうした」

「湊安東家の安東宣季あんどうのぶすえ殿と安東堯季あんどうたかすえ殿が安東水軍の一部を率いて越後に向かい出陣されました」

安東家は2つに別れており、惣領家の檜山安東と安東家分家筋になる湊安東家があった。湊安東家は関係が深い海賊衆を上杉水軍に潰されていきり立っていると噂になっていた。

「なぜ、止めなかった!!!」

「何度もお止めしたのですが、一部の強硬派と共に強引に出てしまわれました」

「速船を2隻用意しろ。1隻で急ぎ、越後上杉家に使者を出せ」

「どのように申し開きをしますか」

「これは安東惣領家の意志にあらず。惣領家と対立しているものたちが、惣領家を無視して勝手に動きたるものゆえ、いかように始末されてもかまわぬと」

「・・・・よろしいのですか・・・」

「かまわん。このままでは、越後との全面戦争になり、上方との交易路が止められてしまうぞ。今すぐに書状を用意する。もう1隻は湊安東家の船を追いかけ使者が上杉側に着くまでの時間を稼げ。急げ、時間がない」

「承知いたしました」

家臣が急ぎ出ていく。

「殿」

「どうした」

「顔が笑っておりますぞ。我らの企みだとバレてしまいます・・・」

「フフフ・・・儂としたことが・・気を付けねばならんな・・・ここまで我らの思うように踊ってくれると、つい笑いも出るというものだ」

口元を引き締め鋭い目つきに変わる。

「しかし、うまく湊安東家の連中を焚き付けたようだな」

「子飼いの海賊衆が出来立ての上杉水軍に幾つも潰されましたから、何もしなくても普通に怒るでしょう」

「お主のことだ。また碌でもない噂を流したのであろう」

「碌でもない噂などとんでもない。事実を流したまで」

「どんな事実をだ・・・・・・」

「湊安東の海賊衆ができて2ヶ月足らずの水軍に次々潰されている。相手の上杉家の水軍は日本海の海を知らぬ新参者。仇も取れない湊安東の水軍衆は腰抜け揃いの腑抜けばかり。上杉が怖くて湊から出れず、震えている。こんなところでしょうか」

「出来て2ヶ月や日本海の新参者は確かだが、中身は熊野灘の海で暴れていた悪名高き熊野水軍であることを言い忘れてるぞ」

「ハハハ・・・これはうっかりしておりました。ですが所詮、噂ですので・・噂ほどあてにならぬものはございませんから」

「だが、その噂を農民、漁民、うちの水軍衆に、更に湊安東の領民、湊安東の水軍衆にまで広めたのであろう」

「噂と言うものは、あっと言う間に広がるもの・・・一人に話してしまえば一刻後には数人に、一日でその町中に、数日もあれば領内に・・・」

「やれやれ、怖いやつよ」

「うまく上杉水軍に湊安東を潰して貰らう、もしくは双方相打ちで双方共に力を落とせば、我らが能登までの海上での勢力を握れ、さらに悲願の一つである檜山安東家と湊安東家の統合が楽に出来ますな」

「まさに上杉様様よ、足をむけて寝られんな。残る悲願は南部の奴らに奪われた津軽の奪還」

「それも、これで大きく前進でございましょう」

安東家内部も慌ただしく動き出していた。

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